側室になりたい
ゔぅー。
あー胃が痛いよ。
行きたくない。
でも行かないといけない。
鏡に映る青色のドレスを着た自分を見ると少し気持ちが晴れるけど、やっぱり憂鬱。
ドアをノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
「セティー準備が出来たならそろそろ行こう」
「アル様!うん、大丈夫よ」
青い衣装を着たアル様を見るとなんだか恥ずかしくなってきた。
アル様が私をジッと見ている。
変な所あったかな?
「セティー、今日のドレスもよく似合ってる」
「あっありがとう。 アル様も素敵よ」
「ああ、ありがとう」
アル様の顔、少し赤い気がする。
そういう私は絶対、顔が赤いはずだけど。
そう!
今日のドレスはアル様とお揃いのデザイン!
嬉しいような、恥ずかしいような気分よ!
「そのドレスは嫌いじゃないか?私に合わせてデザインされたドレスですまない」
「そんなことないわ!とっても綺麗なドレスで嬉しいわ!」
こんな綺麗なドレスを頂いて申し訳ないくらいよ!
「それなら良かった。母上のごり押しで色々と決めてしまったから不安だったんだ」
確かに最初は、色やモチーフを合わせたリンクコーデにする予定だったけど、王妃様の「ガッツリペアで!」 という強い意見が採用されたのよね。
「王妃様はセンスがよろしいから、安心してお任せ出来たわ」
「母上が暴走して不安だったが、セティーが気に入ったなら良かった」
アル様はホッとしたような表情をする。
本当はこの綺麗系で大人っぽいドレスを着こなせるか不安だったなんて言えないわ。
馬車に乗り目的に向かう途中、アル様が真剣な顔をして話し出す。
「セティー、今日の夜会では絶対に私から離れないでくれ」
「えっええ、わかったわ」
ゔぅ、意識するとまた憂鬱な気分になる。
「はぁ。セティーと初めて参加する夜会がこれとはな」
「早かれ遅かれ、出なければならないから仕方ないわよ」
「セティーも本当は憂鬱だろう?この埋め合わせは必ずするから、少しの間、我慢してくれ」
「そっそんな!?気にしなくて良いのよ!これも私の役目なんだし、行きたくないのはアル様だって一緒でしょう?」
「まぁな」
私達がこんなに嫌だという理由はちゃんとある。
今日の夜会は貴族派の夜会なのだ。
貴族とはこの国と王族に忠誠を誓い、建国に貢献した一族のことだけど、中には自分達がもっと優遇されるべきだと考えている人達がいる。
政治的に貴族が優位になるように動いている家柄を貴族派と呼んでいる。
我が家は貴族派ではないので、今回の夜会で会う人達とは交流はない。
それに私がアル様の婚約者だと認めていない人達が多いだろうなぁ。
アル様だって会議とかでいつも苦労してるみたいだし、本当は出たくないだろうな。
でも一部の貴族達と交流しないなんて立場上無理よね。
そんな憂鬱な気分なまま夜会に到着した。
すごく視線が気になる。
時々刺すような視線が送られてきてゾワッととする。
「始めにミットランド公爵に挨拶しよう」
「ええ、そうね」
ミットランド公爵家かぁ
我が家と同じ公爵位。
現在この国で公爵位を賜っているのは我が家とミットランド家だけ。
我が家とは昔からライバル関係らしい。
たしか、少し年上の娘さんが居たはず。
嫌な予感しかしない。
「ミットランド公爵、今夜は招待ありがとう」
アル様と並んで私も頭を下げる。
「これはこれは、王太子様、ようこそおいでくださいました。おや、そちらはマルヴィン家の御令嬢ではありませんか」
「お初にお目に掛かります。セレスティーヌ・マルヴィンでございます。この度はお招き頂きありがとうございます」
「仮にも王太子様の婚約者ですから招待するのは当然ですよ」
仮にもって……
目が笑ってないし。
「はぁ、しかし残念ですなぁ。娘がもう少し王太子様と歳が近れば良かったのですが」
「あらお父様、今更嘆いても生まれた年は変えられませんわ。それよりもこれからを考えませんと。アルベルト様、お久しぶりですわぁ。お顔が見れて嬉しいです」
横からゴージャス美女が現れた。
エリザベート・ミットランド様。
ミットランド公爵家の長女だわ。
うわぁ。
色気たっぷりの大人の女って感じ。
たしか6歳年上だよね。
少し年上ってだけなのに色気がすごい!
「あら噂の大輪の花というより小さい小花な感じで可愛らしい方ですね。エリザベート・ミットランドですわ。どうぞ良しなに」
「ありがとうございますセレスティーヌ・マルヴィンです。 今後ともよろしくお願いします」
向こうから握手を求められ、その手を握り返す。
「ふふ、正妃の座は譲りますが、結局の所、王子を生んだ女の方が上ですわ。今のうちに笑ってらして」
と耳元で囁かれた。
手を離した時に見えた笑顔は目が笑ってなかった。
えっ恐っ!?
側室狙いってこと!?
呆気に取られているとエリザベート様はアル様にすり寄っていた。
「アルベルト様、ダンスのお相手をお願いできませんかぁ?夜会主催者の娘としての顔を立てて頂けると有り難いですが」
「まずは愛しの婚約者と踊るので、その後私が空いていればで良ければ」
「まぁ!ありがとうございます。では後ほど」
そうしてミットランド親子は離れて行き、ダンスの時間となった。
この後、アル様はエリザベート様と踊るのかな?
あからさまに敵意を見せられた相手だし、嫌だなぁ。
大輪の花ではないって言われたのだって絶対嫌味だし。
確かに同年代に比べれば体型とかは良い方だけど、色気が足りないんだよね。
エリザベート様、ずっとこっちを見てるし、このダンスが終わったら絶対、アル様に話しかけに来るよね。
考えごとをしているとダンスが終わり、エリザベート様がこっちに来るのが見える。
「セティー、こっちだ」
「えっ?」
腰に回された腕でグイッと方向転換させられる。
「やぁ政務官、この間は地方への巡行ご苦労だったな」
「アルベルト王子!いえいえ、仕事ですから」
アル様は近くにいた男性に話しかけて、話しこむ。
その後も他の人達と公務の話をし始める。
ふぅ。
話について行くだけで精一杯だわ。
王妃教育で教科書的なことは習っているけど、やっぱり現場を見ている人達だけあってより深い話をするわね。
そういえば、エリザベート様は?
あっ遠巻きにこっちを見てる。
まぁ仕事の話をしているから邪魔は出来ないよね。
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どうしよー。
おトイレから戻ったけど、話で盛り上がってる輪に入りづらいな。
こういう時、夫人や令嬢とお話ししてれば良いんだけど。
さっきから遠巻きにチラチラ見られてコソコソ話をされてる。
嫌な感じ。
ゔーん、どうしよかなぁ。
「セレスティーヌ様」
「はい」
誰だろ?
「お初にお目に掛かります。よろしければ私とお話しませんか?」
「えぇ」
優しそうな人だなぁ。
それにこの人も大人っぽいなぁ。
今日は全体的に大人な女性が多いなぁ。
「私はエリザベート様と違ってセレスティーヌ様と仲良くしたいんです」
「あっありがとうございます」
良かった。
良い人そうだわ
「ふふ、今時寵愛争いなんて流行りませんわ。それにあの方はセレスティーヌ様と同じ公爵位ですもの。火種にしかなりませんわ」
「えっ?」
彼女は私の手をガシッと握ってニッコリと笑顔になる。
「その点私は伯爵位!側室に上がってもセレスティーヌ様のお邪魔にはなりませんわ!私は好きな物に囲まれて好きに生きたいだけですの。 王妃という重役なんかより、王妃様と仲良くなって優遇された方が良いに決まってますわ!ですから側室には私をお選び下さい!」
えぇー!??
それってつまり、面倒な仕事や責任も王妃に任せて、自分は美味しい所だけ欲しいってこと!?
「多くは望みませんわ。ただ側室としての面目が保てる程度に夜伽の役目を譲って頂ければいいのです」
「っ!?」
この人笑顔でなんてこと言うのよ!?
万が一側室が必要となった時、側室を選定するのも王妃の仕事だって習ったけど。
そんなの絶対嫌!
あからさまに敵意を見せたエリザベート様よりタチが悪いわこの人。
この握られた手を思いっきり振りほどきたい!
「セティーの話し相手になってもらって礼を言うがそろそろ離してくれないか?」
「アル様!」
アル様に肩を抱き寄せられたお陰で手が離れた。
「いえいえ私の方こそ楽しかったです。それでは私はこれで。セレスティーヌ様先ほどのお話し、良いお返事をお待ちしています」
「えっあの」
私が返事をする前に彼女は行ってしまった。
「セティー、疲れただろう? そろそろ帰ろうか」
「えぇそうね。でもエリザベート様はいいの?」
エリザベート様は今他の人とダンス中だ
「ああ、必ず踊ると確約したわけではないから大丈夫だ。 彼女が踊っているうちに帰ろう」
「それなら良かった。じゃあ帰りましょう」
「ふぅ、本当に疲れたな」
「そうね」
思ったより気を張ってたのかクタクタだわ。
「ねぇアル様、側室を取る話ってあるの?」
「ゴボッ!は?側室!?」
私の質問にアル様は盛大にムセた。
「あの令嬢に何か言われたのか?」
「いや、その、気になっただけよ」
アル様は険しい表情をする。
「あの令嬢は確かボルテール伯爵家のオリヴィア嬢だったな。 彼女もそうだが、貴族派の貴族は生き残るために必死なんだろ」
「どういうこと?」
「まずボルテール伯爵家だが、3年前の災害から立ち直っていない。災害を考慮して2年間は補助金が出るが財形立て直しの目処が立たないようだ。他にもここ数年で大口の契約を切られ、金銭的に困窮している所が多い」
「3年前の災害ってあの大雨のこと?それ程酷い影響はなかったはずなのに。殆どの貴族は自力で立て直したはず。それに大口の契約って?」
「ああ。国からの補助金を必要としたのは土地が豊かではない領地の貴族と家計が傾いている貴族だけだ。ボルテール家は後者だ」
そうなんだ。
でも、伯爵位なら普通にいい土地をもらってるもんね。
あの大雨だけで没落しかけるってどんだけ散財してんのよ。
「それと大口の契約とはアルベール侯爵家のことだ。ガジミーユ殿が事業形態の見直しをした結果、長年癒着してきた貴族派との契約を切ったと聞いている」
「えっ!?」
そういえばアルベール侯爵家は貴族派なのに今日のパーティーに参加されてなかったわ。
「今までアルベール侯爵家から仕事をもらっていた家は事業や領地の産業が上手く行かなくなった。それに、財務大臣を務めるアルベール侯爵家が貴族派を抜けたことで貴族派は今勢いがないから会議でも自分達が優位に立てていない」
「でもそんなことしてアルベール家は恨まれたりしないのかしら?」
「当然恨みは買うだろうが、アルベール侯爵家に攻撃出来る家は少ないから大丈夫だろ」
「そうなの?それなら良いのだけど」
「ガジミーユ殿の事業見直しで市井の事業も増えた。去年より失業者が減る見込みなので王族としては有難いことだ。それに今まで堕落していた貴族達には良い薬だ」
最後のは厳しい意見だけど最もだわ。
こういう厳しいことも言う時ってアル様はやっぱり王子なんだなって思うわ。
「セティー。これから私に側室を勧める者が多くなるだろう」
「ええ、そうよね」
「だが私は絶対に側室を作らない。私の伴侶はセティーだけだ」
「はっはい」
手を握られ、真っ直ぐな瞳を向けられ顔が赤くなる。
「セティーに攻撃をする者やすり寄って来る者も現れるだろう。何かあったら必ず言ってくれ!必ず守るから!」
キャー!!
守るって!!
はぁーカッコいいよぉー!!
私大切にされてるなぁ。
友達でこんなに大切にしてもらえるなんて。
私も出来るだけアル様のために頑張ろう!
いつか友情の愛から本物の愛を貰えるように!




