別れ
カミーユside
青みのあるプラチナブロンドの髪をなびかせた女性は、すぐに僕に気づいた。
薄黄色の瞳が見え、その姿は妖精の様に可憐だった。
「もっ申し訳ありません。クリスティーヌ様達と逸れてしまい、こちらまで来てしまいました。決して怪しい者ではありません」
「慌てなくて大丈夫ですよ。僕はクリスの義兄のカミーユです。もしかして東の国の?」
「はい。前王7番目の娘、リーファンと申します」
リーファン姫は慌てて頭を下げた。
「こちらのお庭が楽しくて、つい長居をしてしまいました。申し訳ありません」
「楽しい?この庭が?この庭は花よりも野菜ばかりで、どちらかというと畑なのですが」
お世辞にも綺麗な庭ではないけど。
植えているのはどちらかというと野菜が多いし、見栄えする花もないし。
「自国では見れない野菜が実っていたので、どんな味がするのか、どんな料理に使われるのかと考えていました。野菜の花も可愛らしくて、つい長く眺めていました」
「そうですか。気に入ってもらえて嬉しいですね」
「はい!ここには年間通して食べられる植物が植えられているのですか?」
「えぇそうです。あっちはまだ芽も出てませんが、冬前には実を付けます」
「そうなのですね!」
それから庭の説明をする度に目を輝かせているリーファン姫。
「私も昔は母と野菜を育てていました。一から自分で育てた野菜は美味しいので」
「そうなのですか。どんな物を育てていたのですか?」
リーファン姫と皇妃である母君が家庭菜園をしていたなんて、正直驚いたよ。
でも話を聞くとしっかり野菜や果物を育てていた様だね。
連鎖障害になりやすい野菜なんかも詳しく知っていた。
「ここは本当に『美味しいお庭』ですね!」
リーファン姫は目を輝かせて言った。
『美味しいお庭』という言葉に思わず笑ってしまった。
「すいません。まさか母と同じ事を言う人がいるとは思わず」
「嬉しいです。私の母も同じ様に言っていたので」
「そうなのですか」
リーファン姫には、姫でありながら、自分や母さんの感覚に近い価値観を持っているのかもしれないなと感じた。
クリスが姫を迎えに来た。
クリスにお願いされたのもあるけど、リーファン姫にのみでは申し訳ないので、他の姫にも挨拶をしに行く事にした。
途中学園や学問の話になった。
リーファン姫はどうやら学習意欲が強いらしい。
他国との争いで学ぶ機会に恵まれなかったからだろうね。
リーファン姫が望めば学園を見学したり、一緒に授業を受けてみても良いかもしれない。
他の2人の姫に挨拶すると案の定質問攻めにあった。
はぁ。
今度のパーティーはクリスをエスコートするからと断れて良かった。
「カミーユ様、そろそろお戻り下さい」
2人の姫に困っていると、執事のオリバーが仕事へと呼び戻してくれた。
「カミーユ様、ご依頼されていた件、片付きました」
「そうか、ありがとう」
オリバーから渡された資料には、レニーを街へ運んだ御者が見つかったこと。
馬車は、クリスが雇った暴漢との取引した現場近くへ行ったと書いてあった。
身分を偽ってお酒を飲みに行く。
貴族子息や令嬢のちょっとした火遊びではなかった様だね。
調書を読みながら胸が痛む。
いつからだろう。
いつからレニーは、クリスをこんなにも憎む様になったのだろう。
いや、もしかしたら最初からなのかもしれない。
庶子である僕に優しく話しかけてくれて、それからもずっと優しかったレニー。
好きだと思っている気持ちに嘘偽りはないし、間違いでは無いと言える。
ただ…。
少し、レニーが怖いと思ってしまった。
クリスを気にかけてくれていた発言が全て僕に近づく為だったのではと疑ってしまう気持ちがどうしても拭えない。
後日僕は再びレニーを呼び出した。
「レニー。担当直入に聞くよ。昨年の○月×日の夜何処で何をしていたの?」
「さぁ?申し訳ありませんが、覚えておりません」
「これを見たら思い出すと思うよ」
僕はレニーに買収していた我が家のメイドやレニーの元メイド、御者の調査書をレニーに見せる。
レニーは一瞬顔色が悪くなった様に見えたけど、笑顔で答えた。
「思い出しました。成人し、一度くらい街でお酒を飲んでみたかったのです。貴族令嬢としてではなく、一般の女性として。ですので、普段と違った格好をして、辻馬車で街に向かいました。それとこちらのメイド達からは日々の疲れや困っている事を愚痴程度にしか話しは聞いてませんよ」
レニーに見せた調書には辻馬車を雇った事しか書いて無い物を見せた。
本当の行き先が、酒場では無い事がバレていないと思っているみたいだ。
そして何より、御者が興味本位で聞き耳を立てていた事は、レニーは知らない。
顔はフートで隠れていたから、見ていないと言っていたけど。
昨日その御者を連れて来て、こっそりクリスの声を聞いてもらった。
御者は聞いた声とそっくりだと答えた。
驚いたよ。
本当にクリスの声真似が出来るなんて。
御者は大きな事件に巻き込まれると思いその場を離れたと言っていた。
一晩ら悩みに悩んで考えたんだ。
もし、素直に認めて懺悔してくれたら、正直に話してくれたなら、この事は墓場まで持っていこうと決めた。
だから、こちらが情報を出し切っていないとはいえ、嘘で取り繕われた事が辛い。
「やっぱり今度レニーと一緒になる事は出来ないよ。今日をもけって会う事も辞めたい」
「カミーユ様!どうして…。音楽祭での事はクリスティーヌ様に直接謝ります!」
「それだけじゃないんだ。僕は君が怖くなったよ」
僕は本当の調書をレニーに見せた。
「っ!?」
「君が犯罪に関わった証拠だよ。君の所の元メイドや御者はこちらで保護してある。大事な証言者だからね。君が買収していたメイドからの証言も得ているよ」
「カミーユ様!これは…「正直に話してくれたのなら、この事は僕の中で止め、墓場まで持っていこう。それが、今まで僕に優しくしてくれた、クリスに関わり続けてくれた、君へのせめての感謝の気持ちだったよ」
「カミーユ様…」
「だけど、君がクリスに復讐する為に、関係のない人を傷つけようとした事、尚且つそれを誤魔化そうとした事、許せるわけがない」
レニーは顔を青くし、肩を振るわせている。
そんな彼女には酷だけど、告げるしかない。
僕は拳に力を入れてレニーに告げる。
「この事は公にはされない。しかし、クリスが罰を受けているように、君も罰を受けなければならない。情状酌量の余地を出来るだけ願い出るが、君にどんな罰が下されるかわからない」
クリスの場合、セレスティーヌ様が当時まだ王太子の婚約者候補であった事、クリスの身分が侯爵令嬢であった事が情状酌量とされた。レニーは子爵令嬢。下位貴族の令嬢だからどんな罰が降るかわからない。
「どうして…。もとあと言えば、あの女が事を企てなければ起きなかった事です」
「人を呪えばその呪いは自分にも降り掛かるよ。レニー、今までありがとう…君を好きだった気持ち…本当だったよ。さようなら…」
レニーと過ごした幼少からの記憶が頭を駆け巡る。
楽しかったよ。
君からもらった暖かさ…。
幸せだった…ありがとう…。
「レニー嬢のお帰りだ。馬車までお連しするように」
泣き崩れているレニーを、近くに控えていたオリバーにレニーを連れて行く様お願いする。
この事は父様とジェラルド殿に報告しなければ。
父様は子爵家に何をするかな。
ジェラルド殿もきっとレニーを許さないだろう。
元々クリスに毒での服毒自殺をする様命じようとしていたのだから。
今クリスが生きて、普通に生活している事が奇跡なんだ。
「父様、報告があります」
「レニー嬢の罪ならば既にオリバーから報告されている」
「そうですか。僕はレニーに別れを告げました」
「そうか、それは良い判断だ。今後子爵家へ任せている事業は少なくしていく。それが侯爵家としての判断だ。情けを掛ける気はない。情けを掛ければこちらが煽りを受けるからな」
父様は厳しい表情をしている。
「一つだけ。元々はクリスが企てた計画です」
「それを考慮し全てを取り上げるわけではない。一般的な子爵家となるだろうな」
アルベール家の一門の令嬢がもう1人の犯人なんて、マルヴィン家はどの様な判断をされるかな。
マルヴィン家への顔立ての為に、子爵家の力を削ぐしかない。
それとは別に、レニー自身へどんな罰が言い渡されるだろうか。
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ジェラルド殿に連絡を取り、お時間をお取り頂いた。
「お時間お取りくださり、ありがとうございます」
「いいえ。それで?人払いしてまで、話したい事とは?」
ジェラルド殿は笑顔だが、冷たいオーラを纏っている。
これが…次期公爵の器なのか。
僕も次期侯爵として、追いつかなければいけないな。
「まずはこちらに目をお通し下さい」
ジェラルド殿へレニーの調書を渡し、ジェラルド殿は書類に目を落とす。
一通り目をお通したジェラルドは美麗に笑った。
「それで?セティーへを誘拐を依頼した義妹だが、殺しを依頼したのは別人。義妹への減刑でも求めにでも来たのか?」
あの笑顔には怒りと殺意が込められている。
口調にも、僕に全く敬意を払う気がない事が表れている。
僕はその場で片膝をつく。
「いいえその様な事は。義妹には既にセレスティーヌ様より恩赦が与えられています。一つだけ申し上げるとしたら、その者が事を起こしたのは、義妹が企てた事に乗じたからです。その事をご配慮頂ければ幸いです」
「この者はアルベール家の一門。慈悲を掛ける必要が?」
僕は父様が子爵家への事業提供を細くしていく事を話した。
「公に出来ない以上、取り潰しには出来ない…か」
「子爵家にはアルベール家が責任をもって力を削ぎます」
「ではこの者への罰は数日考慮して沙汰を下す」
「わかりました。お時間ありがとうございました」
「一つだけ聞いておこうか。この者は君にとって大事な人かな?たしか噂があったね」
ジェラルド殿の質問に胸が一瞬痛んだ。
「いえ、噂は噂にすぎません」
「そうか…それは良かった」
ゾクッと体に戦慄が起きた。
「大丈夫だよ。命までは取る事はない。1番罪深いのは君の義妹なのだから」
「はい…肝に銘じています」
帰りの馬車の中でカミーユはレニーのこの先を案じていた。
良くてクリスと同じ領地幽閉。
悪くて身分剥奪のち国家追放。
あるいは牢での終身刑。
ジェラルド殿はセレスティーヌ様にこの話はしないだろう。
セレスティーヌ様のお慈悲は望めない。
いや、そもそも被害者である、セレスティーヌ様がお慈悲を掛けて下さる事自体、あり得ない事だ。
屋敷に帰ってきたらクリスが去年の教科書で勉強していた。
「去年の教科書で勉強してるようだけど、どうしたの?」
「お義兄様。それがリーファン姫から色々と質問されてまして。答えは後日にと待ってもらってますので、調べたりしてますの」
「そうかリーファン姫が」
クリスの手元にはリーファン姫から出された質問や疑問が書かれたメモがあった。
中々しっかりとした内容の質問だね。
確かにこれをクリスが全て答えるのは厳しいね。
「これは、ここの地形を良く見て。この地形から何が予測されるかな」
「三山に囲まれた盆地ですわ」
「そう山に囲まれた盆地という事は…」
「あぁ!なるほど、そういう事ですわね!」
「そう!そういう事だよ。それが解れば、こっちの質問の答えも出るよ」
リーファン姫の質問に答える為にクリスが学び直している。
リーファン姫と関わるのはクリスにとって良い事なのかもしれないね。
「なるほど!私少しわかった気がしますわ!」
今こうしてクリスがこの屋敷や学園で暮らし、学ぶ事が出来ている事、セレスティーヌ様に本当に感謝だ。
「そうだ。今度のパーティーで着るドレスは大丈夫かな?」
「大丈夫ですわ。お義兄様は何色のタイにしますの?」
「いつも通り青か緑かな」
「たまには黄色など明るい色なんて如何ですか?」
「黄色かぁ」
「こちらなんて如何です?リュカさんから良い品があると勧められまして」
クリスが見せてくれたのは、薄黄色のタイだった。
「綺麗な色だね。もしかしてこれを僕に?」
「お義兄様にはお世話になってますもの。そのお礼ですわ」
「クリスが僕にこんな素敵な贈り物をしてくれるなんて…嬉しいよ」
このままクリスの更生が認められて明るい未来を手に出来たら良いな。




