音楽祭⑤
クリスティーヌside
音楽祭当日。
クリスティーヌは寮の部屋で用意されたドレスに袖を通し、鏡を見る。
「フフ、素敵ですわ!」
「それは良かったです。とてもお似合いですよ!」
ドレスのデザイナーも満足気に微笑んでいる。
「髪や化粧までしてもらえて助かりましたわ。いつもの髪型と違って新鮮ですわ」
クリスティーヌの髪型は普段の縦ロールではなく、サイドに編み込みまれ纏められている。
「この髪型なら演奏に邪魔にならないと思います。最後に飾りを着けて完成です」
「ドレスも飾りも完璧ですわ!まるで私では無いようですわ!」
「ありがとうございます」
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「どちらの令嬢かしら?」
「見たことない方ですわ」
「ドレス姿という事は演奏者か歌い手でしょうか」
学園内を歩いていても私が誰だか、誰もわからないみたいですわ。
メイクがいつもより薄い上に、目元が普段より印象が違いますもの。
この姿ならレニーをあっと驚かせる事が出来ますわ。
「あの、もしかしてクリスティーヌ様ですか?」
「えぇその通りですわ」
マリエットさんに声を掛けられましたわ。
「そのドレス、リュカさんに見せて頂いたデザイン案にありましたから、そうかなと思ったんです。とってもお似合いです!ドレスだけじゃなく髪型や飾りも素敵です。メイクも普段と違うせいか、柔らかい雰囲気で今日演奏する曲にピッタリですね」
マリエットさんもリュカさんの所のデザイナーが作ったドレスを着ていますわ。
「ありがとうございますわ。そちらのドレスもよくお似合いですわ」
「ありがとうございます。お互い良い演奏をしましょう」
ふぅ。
リーゼさんに教えられた通り、きちんと相手も褒める言葉が言えましたわ。
そのうち、音楽祭が始まり、賑わってきましたわ。
お義兄様も聴きにくると言ってましたわね。
レニーの演奏を聴きに来るのでしょう。
お義兄様とレニーの仲を皆に見せつけて、お義父様に婚約を認めさせるつもりなんでしょうが、そうはいきませんわ!
お義兄様が幸せになられるなら結婚は賛成ですが、レニーはダメですわ!
レニーの裏の顔があんなに黒いだなんて。
お義兄様には絶対にもっと良い方が居るはずですわ!
そろそろお義兄様が来る頃ですわ。
「お義兄様、ご機嫌よう。ようこそお越し下さいました」
「クックリス!?驚いたよ!とても綺麗だ。そのドレスも髪型も似合っているよ!」
お義兄様は私を見て固まりましたが、目を輝かせてお褒めくださいましたわ。
「ありがとうございます。リュカさんとデザイナーのおかげですわ。お義兄様一緒に行ってみたい催し物がありますの」
「一緒に行きたいけど、レニーと約束があるんだ」
お義兄様はとても残念そうな顔をされましたわ。
「レニーなら少し待って下さいますわ。だってレニーは私達に優しいですもの。ねぇそうですわよね?レニー?」
「えぇもちろんです。クリスティーヌ様の要件がお済みになったら私と学園内を回って下さい」
すぐ後ろにレニーが来ていたのがわかっていましたわ。
こう言えばお義兄様に良い顔をしたいレニーは譲ってくれるはずだとわかっていましたわ。
「レニー、本当に良いのかい?」
「えぇ兄妹水入らずでお楽しみ下さい」
「悪わね。レニー」
お義兄様の腕を取り、その場を後にしようとした際に私は振り返り、クスリと笑ってレニーを見ましたわ。
案の定レニーは私を睨んでいましたわ。
レニーとお義兄様の仲を邪魔するために、私が考えたのは、時間を要する催し物への参加ですわ。
私がお義兄様を連れて向かったのは他国の楽器を取り集め、試し弾きが可能な催し。
それと音比べ•音当てのイベントですわ。
「見た事がない楽器が多いね。この楽器はどう弾くのだろう」
「こちらは西国の楽器でして指で弦を弾いて下さい」
「西国の。綺麗な音色だね」
お義兄様は説明を受けながら他国の楽器を楽しんでますわ。
その後のイベントにも参加し、演奏会までの時間は後僅かとなりましたわ。
「ごめんなさい、お義兄様。私が誘ったせいでレニーとの時間が無くなってしまいましたわね」
「いや僕も楽しかったから。それにレニーとは演奏会の後でも会えるから」
演奏会の後。
それはそれで邪魔しなければ。
いっそ演奏会に参加している令嬢をお義兄様に紹介してみるのはどうでしょう。
そんな事を考えながらお義兄様と別れ演奏者の控え室へ向かいましたわ。
「あらレニー。お義兄様を独り占めして申し訳なかったですわ」
「いっいえ。大丈夫です」
オーホホホホ。
レニーったら。
内心穏やかではないはずですわ。
レニーは一瞬悔しそうな表情をするが、後ろを向いたクリスティーヌに対して不適な笑みを浮かべた。
演奏会が始り、順に演奏や歌唱が披露されていく。
そしていよいよレニーとクリスティーヌの演奏となった。
2人が演奏に使用するハープがステージに運ばれていく。
クリスティーヌがステージに上がった際、クリスティーヌの姿に観客からドヨメキが起きた。
前回の王宮でのパーティーでは普段と違って品のえるドレスであったが、今回はドレスだけでなく、髪型まで違う。
トレードマークであった縦ロールはなく、キツイ印象になりがちな吊り目もメイクで緩和されている。
観客の注目はクリスティーヌに集まり、隣に立つレニーには誰も注目しない。
そして2人は演奏を開始する。
演奏していると観客はレニーを賞賛し始める。
練習よりもはるかに素晴らしい音色を奏でるレニー。
その腕前に観客達も魅了されていく。
「確か子爵家の令嬢でしたかな?いやー、高位令嬢達にも劣らない腕前ですな」
「本当に素晴らしいですな」
「お2人とも難曲を弾きこなすなんて素晴らしいですわ。私正直クリスティーヌ様の腕前を疑っていましたの」
「私もですわ。何せクリスティーヌ様の演奏を聴いたことはなかったですもの。サンドラ様と離れて良い教育を受けている様ですわね」
クリスティーヌ達は難所も難なく弾きこなし、演奏は無事に終了した。
溢れんばかりの拍手が2人に送られ、クリスティーヌはレニーに握手を求めた。
「無事に終わって何よりですわ」
「えっえぇそうですね」
退場の際、レニーは小さく呟く。
「どうして…」
「レニー様演奏おつかれ様です」
「リュカさん。ありがとうございます」
「無事に演奏が終わってしまって残念でしたね」
「えっ…?あっあの」
リュカはニッコリと笑って胸元のポケットから一枚の写真を取り出してレニーに見せる。
写真を見たレニーの顔は一瞬で青ざめる。
「レニー様。つきましてはこちらのお支払いをお願い致します。何分取り急ぎでしたので、少々高額になっておりますが、よろしいですね?」
リュカは胸ポケットからさらに請求書をレニーに渡す。
請求書に書かれた金額にレニーは驚く。
「っ!?わっわかりました。あっあの…」
「あぁこの事は必要以上に口外する気はありません。今日という音楽祭を無事に成功させるのが僕の仕事ですので。それでは、お支払いくれぐれも忘れなくお願いします」




