報告会
週末、レニーはアルベール家を訪れ、中庭に通されカミーユが来るのをお茶を飲みながら待つ。
「カミーユ様、貴重なお時間を頂き誠にありがとうございます」
「良いんだよ。頼み事をしているのは僕の方なんだから。それより今回も家の庭でお茶をするだけで良かったのかい?何処か良いカフェにでも連れて行こうと思っていたのだけど」
「まぁ!お気遣い頂いてありがとうございます!ですが、クリスティーヌ様の事をお話しするのに、他の方が居る場所ではどうかと」
「それもそうだね。こちらこそ気を遣ってもらってありがとう。レニーは本当によく気が回るね」
「いいえ…滅相もございません」
レニーは一口お茶を飲んだ後、カミーユに向かって頭を下げる。
「カミーユ様、クリスティーヌ様の事を頼まれていたにも関わらず、クリスティーヌ様と良好な関係を保てず、申し訳ありません」
「そんな、謝らないで。元々クリスがレニーに辛くあたっていたのだから」
「そう言って頂けて幸いです」
「それにこの間のパーティーでもサンドラ様が居ると教えてくれた事、とても感謝しているよ」
「そういえば、クリスティーヌ様と一緒に会場にお戻りでしたが、何事も無かったですか?」
カミーユは溜息をついてレニーの質問に答える。
「実はレニーが言った通り、サンドラ様はクリスに会っていたんだ。しかも、クリスを連れて行こうとしたんだ」
「そんな事があったのですか!?」
「でも、食い止める事が出来たし、事が公になる事もなく済んだよ。レニーが教えてくれたおかげだよ。ありがとう」
「お2人が無事で何よりです」
(やっぱりサンドラはクリスティーヌを連れて行こうとしていたのですね。再婚相手の男爵に怒鳴りつけられて、必死にクリスティーヌを探しているみたいだから、クリスティーヌが外へ行ったのを教えたのは私ですが、そのまま連れて行かれれば良かったのに。カミーユ様には、あくまでも私がクリスティーヌを心配し続けていると思っていてほしくて、サンドラの存在を教えましたけど。)
「そういえば最近、令嬢達の間でクリスティーヌ様の悪い話は聞かれてはいません」
「リーゼさんという方がクリスを指導して下さった様だね。おかげでクリスも物事をちゃんと考える事が出来るようになったよ」
「ジェラルド様の秘書の方ですね。とても優秀でお優しい方なんですよ」
「うん、その様だね。勤務外なのにクリスにマナー講師をしてくれたり、クリスの間違った考え方を正してくれたりしているみたいだよ」
「その様ですね。クリスティーヌ様が令嬢達に謝罪し始めたのはリーゼさんから諭されての事ですし」
「それで、どうかな?クリスは令嬢達と交流出来るようになったかな?」
カミーユは期待をしたような目をしてレニーに質問をする。
「えぇっと。それが…まだ遠巻きにされています。やはり今までの事が尾を引いていて…。クラスメイトは令嬢は私を入れて4名しか居りませんし。クラスで友人を作るというのは難しいかもしれません。申し訳ありません」
「レニーが謝る事じゃないよ。そうか…いやこれまでを考えたら当たり前だよね…」
「あの!私が皆んなにクリスティーヌ様から謝罪して頂けたと伝えてみます!クリスティーヌ様は私を疎んでおりますが、そうすれば、私が居ない時とかには、一緒に過ごす事が出来るかもしれません」
レニーの言葉に対して、カミーユは静かに首を振る。
「それはしなくて大丈夫だよ。クリスから謝罪されてもいないのに、レニーにそんな事させられないよ」
「ですが…。リーゼさんは間も無くジェラルド様の秘書を退職し、学園を去ってしまいます。そうなってしまうと、クリスティーヌ様の拠り所が無くなってしまうのではないかと。私…心配で…」
「レニー…。そこまでクリスの事を心配してくれるなんて。ありがとう。クリスにもレニーの優しさが伝わるといいな」
「そんな…私は当たり前の事をしているに過ぎません」
レニーは一口お茶を飲み、悲しそうな表情をする。
「私には…クリスティーヌ様の為に出来る事が…少ないですね」
カミーユはレニーの手に触れる。
「そんな事ないよ。ここまでクリスの為に心を尽くしてくれるのはレニーだけだよ。本当にありがとう」
「勿体無いお言葉です。実際はお役に立てていないというのに、こうしてカミーユ様の貴重なお時間を頂戴してしまって」
「レニー。そんな事気にしないでほしい。レニーがクリスの為にしてくれる気持ちが嬉しいんだから。今度は報告会ではなくて、普通にカフェに誘っても良いかな?」
「もちろんです!嬉しいです。あっでも…」
レニーはパァっと笑った後、困った表情をする。
「万が一不用意な噂が付いてしまうかもしれません。カミーユ様もそろそろ婚約者をお選びになられるでしょう?この間もたくさんの令嬢達がきていましたし」
「あぁ…。そんな事、気にしなくて大丈夫だよ。僕はあの時に居た令嬢達の中から選ぶ気はないよ。それに、今はまだアルベール家の正式な跡取りになった僕を評価中で、直ぐには縁談が決まらないよ」
「カミーユ様なら直ぐに認められると思います。それに、あの時居らした方々は伯爵位以上のお家柄ですし、有力候補者達では?」
カミーユは悲しそうな表情をし、溜息をつく。
「どの令嬢達もクリスが卒業後も屋敷で暮らす可能性があると言うと、早々に嫁ぎ先を見つけた方が良いとか、別邸で暮らしてもらえれば良いと言うだ。クリスと家族になる事を望んでくれる令嬢を探すのは難しいのかな…」
レニーは小さな声で囁く。
「そんな…私なら…気にしませんのに…」
レニーの小さな囁きはカミーユの耳に辛うじて届いた。
「レニー…「カミーユ様、きっとクリス様と仲良くして下さる方が居ます。お互い良い方が見つけられるよう頑張りましょう」
「お互い?」
レニーの言葉にカミーユは目を丸くし、軽く動揺している。
「私もそろそろ良い方を見つけませんとオリヴィアさんも婚約しましたし、同じ一門で婚約者が居ない適齢の令嬢は私だけになってしまいました…。どなたか私をもらってくださる方が…ウチは子爵位ですし、ご高齢の方の後妻でも良いのですが」
「そんな!レニーにそんな老父の様な方となんて!」
カミーユは大きな声をあげる。
「でも、このまま行き遅れとなる前にもらって頂けるなら何方にでも…」
「それなら僕じゃ駄目かな?」
「えっ?」
レニーは目を大きく開いて驚いた後、顔を赤くして嬉しそうな顔をする。
しかし、直ぐに悲しそうな表情で口を開く。
「駄目ですよ。カミーユ様はクリスティーヌ様を嫌わない私が丁度良いのかもしれませんが、私では侯爵様が納得されませんよ」
「クリスを嫌わないからなんて理由で、こんな大事な事言わないよ。それに父様なら僕が説得するよ」
「では、情ですか?私にだって女としてのプライドがあります。同情なんかで、大切な方に、伴侶を選ばせるわけにはいきません」
「…どちらも違うよ。僕が庶子としてこの家で暮らし、皆の前に出た時、唯一僕を拒絶しなかったのはレニーだ。そして僕が正式な後継者になっても態度を変えなかったのもレニーだけ。優しい君が僕は大切なんだよ」
カミーユの言葉を聞いたレニーはポロポロと涙をこぼす。
「本当ですか…。本当に私を大切に思ってくださっていると」
カミーユはレニーの涙を拭い、レニーの手を握る。
「うん。レニーにとっても僕が大切な人だと思ってくれていて嬉しいよ」
「えっあっ!」
先程レニーは自分の口からカミーユに『同情なんかで、大切な方に伴侶を選ばせるわけにはいかない』と言った事を思い出し、顔を赤くする。
「父様を説得したら、正式に申し込ませて頂くね」
「はっはい」
レニーは帰りの馬車の中で満足そうに笑う。
「やった、やったわ!ついにカミーユ様に選ばれた!長年の苦労が報われました!」
クリスティーヌにいびられ続けても耐えてきた甲斐がありました!
後は幸せな結婚生活の為に、クリスティーヌには退場してもらわないと。
母親をパーティーで見かけた時、使えるかと思ってクリスティーヌが外へ出た事を教えてあげたのに。
結局何も起きなかったですね。
まぁ、心配する素振りでカミーユ様にお伝えしたおかげで良いポイント稼ぎにはなりましたけど。
クリスティーヌが例え反省し、更生したとしても、長年の恨みは晴れません。
「さぁ今度は貴方が惨めになる番なんですからね」




