エリザベート
リーゼはジェラルドが居る事に驚きを隠しきれていない様子でジェラルドに質問する。
「ジェラルド様…。私に書類をこちらへ届けるように申しつけていましたのに、どうしてこちらへ?」
「初恋の方に会いにだよ」
「えっ?(初恋…ジェラルド様の…)」
ジェラルドはクスッと笑う。
「初めまして私の文通の君。リーゼいやアンジェ嬢と呼んだほうが?それとも…エリザベート嬢と呼ぶべきでしょうか?」
「何を仰って…「ミレット子爵の一人娘アンジェ•ミレット嬢には既にお会いしました。少なくとも、私の目の前に居るリーゼは、身分を偽った偽物だと認めましたよ」
「っ(やはり全て知られてしまいましたわね。家に、マティーに迷惑が掛からないようにしなければなりませんわ)」
「アンジェ嬢は貴方の正体については、口を割りませんでしたよ」
ジェラルドの言葉にエリザベートは驚く。
「意外ですか?貴方への忠誠は強いようですよ?流石は令嬢達の憧れエリザベート嬢ですね」
「私なんかがエリザベート様の筈がありません」
「黒髪で赤い瞳を持つ令嬢はこの国ではエリザベート嬢しかいませんよ?」
「(やはりあの時瞳のいろを見られたのがいけなかったのですわ)」
「今回の件糸を引いているのはエリザベート嬢です。アンジェ嬢へ送金をしていたサロンは表向きは平民が経営者ですが、オーナーの1人はエリザベート嬢です」
「それが何か?」
「エリザベート嬢が出資者である事は確か。そしてこれはミッドランド公爵家も絡んでいる。この償いは…そうですね、マティアス殿にとってもらいましょう。その手元にある資料を見て下さい」
リーゼは手元の資料に視線を移し、束ねられた資料をめくる。
「っ!?」
資料にはマティアスが経営するサロンや事業に対する妨害策が書かれていた。
(こんな事されてしまったらマティーの事業は…マティーの立場が失われてしまいますわ。言い訳なんて通じる相手ではありません。もう正体もバレてしまって居ますし、ミッドランド公爵家は関係ないと説明しなければいけませんわ)
「ミッドランド家は関係ありません」
「そんなわけはありません。貴方はミッドランド公爵家の推薦状を持って私に近づいたのですから」
「いいえ。私単独で行った事です。ですから処罰はどうか私1人に」
エリザベートはその場で土下座をする。
「これは私の、私自身の我儘で始めた事です。ですから、罰を受けるのは私1人にお願い致します」
「っ。立って下さい。貴方がそんな事をする必要なんてない」
「いいえ。経歴、身分を偽ってジェラルド様に近づいた私は罪人です」
ジェラルドは苦々しく渋い表情をする。
「貴方は私に近づきはしたが、情報一つ盗まなかった。何が目的でこんな事を…。公爵の命令ですか?」
「いえ、先程も言った通り、これは私の我儘で始めた事です」
ジェラルドの脳裏に先程の出来事が浮かぶ。
『それは我儘を通した、身勝手な行動への罰だからです』
ジェラルドはエリザベートがクリスティーヌに教えをしていたのを目撃していた。
ジェラルドは膝を地面に付け、未だに頭を下げ続けるエリザベートに手を伸ばす。
ジェラルドはエリザベートの顔に優しく触れ、顔を上げさせる。
エリザベートの顔は大きな瓶底メガネをしていもわかるほど、青ざめていた。
ジェラルドはそっとエリザベートのメガネを外す。
エリザベートの赤い瞳が戸惑いの色を濃くしている。
「貴方はいつだって、誰が見ても立派な方です。他人を思いやり、慈しむ事の出来る人格者です。そんな貴方が何故…」
「私はその様な評価を頂ける様な者ではございません」
ジェラルドは苦しそうに笑う。
「理由を答えて頂けるなら、貴方を罪に問う事はしません。もちろん、マティアス殿の事業にも手を出さないと約束します」
「え?」
「貴方は理由なくこんな大それた事はしません。何か理由があったのでしょう?」
ジェラルドに顔を触れられたままのエリザベートは震えながら恐る恐る口を開く。
「そんな…大それた…理由ではありません」
そしてエリザベートはジェラルドから視線を外し、小声で答える。
「ただ…ジェラルド様の側に。側に居たかったのです。ずっと…お慕いしておりました」
「良かった。政治や犯罪に巻き込まれたわけではないのですね」
「え?」
視線をジェラルドに戻したエリザベートの目にキラキラと輝く笑顔のジェラルド顔が映る。
「っ(なっなんて素敵な笑顔ですの!?というかこの体制はいったいいつまで続くのですの?私、大したお化粧もしてませんわ)!?」
ジェラルドはエリザベートを抱き上げ、ベンチに座らせる。
突然抱き上げられ、ベンチに座らせられた自身の前で膝立ちになるジェラルドに驚くエリザベート。
「あっあの」
「話して下さってありがとうございます」
「あっあの本当に不問にするおつもりですか?ジェラルド様がお望みなら、牢にだって入りますわ」
「私が貴方にそんな事を望む筈がありません。言いましたよね?初恋の方に会いにきたと」
「ジェラルド様の初恋の方…。まさか!?」
ジェラルドは先程よりも輝く笑顔をエリザベートに向け、エリザベートの手を取る。
「初恋の手紙の君が貴方で嬉しいですよ。思っていた通り、聡明で思い遣りがある方だ」
「わっ私はそんな人物ではありませんわ。セレスティーヌ様にも非礼を働いた事がありますわ」
「それは公爵家としての言動ですよね?その後セティーに親切にしてくれたではありませんか」
「しっしかし…(はっ!初恋とは言ってましたが現在進行形ではない筈ですわ。私ったら何を舞い上がって。恥ずかしいですわ)」
エリザベートは一呼吸おいて口を開く。
「この度は恩赦を頂き、誠にありがとうございます。私は早々にこの場を離れる手配を致します。ジェラルド様の幸せを遠くから祈って…「他の男の所へなど、行かせる筈がないでしょう」
「え?」
「逃しませんよ。やっと見つける事が出来たのですから」
「えっえ?だって初恋だと。現在ではない。のですよね?」
エリザベートの言葉にジェラルドは困った様に笑う。
「失礼しました。私はエリザベート•ミッドランド嬢。貴方が好きです。幼い頃から尊敬していた貴方が手紙の君で嬉しいです。そして何より私達は両想いのようですね」
ジェラルドはそう言うと握っていたエリザベートの手にキスをする。
エリザベートは一顔を赤くし、口をパクパクさせる。
「うっ嘘ですわ。だって私との婚姻を断ったではありませんか!?」
「貴方が政治の駒に使われるという事実に腹が立ちまして。それなら貴方には、貴方自身の幸せを探してほしいと思ったのです」
「私のピアノ演奏やオペラだって誘いましたのよ」
「手紙の内容が定型文だったので、公爵からの指示かと」
「そっそんな…。相手にされてないのだと…」
「対立派閥の跡取りですから、距離は取ってましたよ。ただ貴方の精進する姿勢に尊敬し、自分も頑張らなければと力をもらっていました」
ジェラルドの言葉にエリザベートは一瞬ポカンとしてしまうが、自身の長年の恋が実ったのだと実感し始める。
「そんな…。こんな奇跡があるだなんて。ジェラルド様、今一度お願い致します。私と婚…「それは私から言わせて下さい」
ジェラルドはエリザベートの口に指を当て、エリザベートの言葉を遮る。
「エリザベート•ミッドランド嬢。どうか私と結婚して頂けませんか?」
「はっはい…喜んで…ありがとうございます」
エリザベートはポロポロと涙を流す。
その涙をジェラルドの指が掬う。
「っ!?」
いつの間にかジェラルドもベンチに座り、エリザベートを抱きしめている。
「近々ミッドランド公爵に挨拶に伺いますね。今日はリーゼは退勤した事にしましょう」
「はっはい。あの、私は今後どうしたら?」
「エリザベート嬢さえ良ければこれからも私を支えてもらえた嬉しいですね。こうして近くに居れますし」
そう言ってジェラルドはエリザベートの口にそっとキスをした。
エリザベートの顔は瞳の様に赤く染まった。




