ミレット子爵領
「お兄様!お帰りなさい。出張お疲れ様です」
お兄様が地方への出張から帰ってきたわ。
「ありがとう。はい、お土産だよ」
「わぁ!ありがとうございます!」
お兄様からお土産に綺麗なスカーフを頂いたわ。
「喜んで貰えて良かったよ」
お兄様は笑顔で私の頭を撫でるけれど、どこか笑顔が曇っているように見えるわ。
「お兄様、どうかされました?」
「セティーには隠せないなぁ。大丈夫、少し疲れが残っているだけだよ」
「それなら今日はゆっくり休んで下さい」
お兄様は普段から激務だから、過労で倒れないか心配だわ。
「大丈夫だよ。それより兄様が居ない間変わった事はなかったかい?クリスティーヌがまた厄介事を起こしてないかな?」
「クリスティーヌ様は大丈夫です!リーゼさんがクリスティーヌ様を指導なさってくれた様で、良い方向に向かっているみたいです!」
「そうリーゼが」
お兄様は目を瞑って何か考え事をしているみたいだわ。
リーゼさんにはお兄様の秘書だけでなく、クリスティーヌ様の話し相手や指導まで行って頂けるなんて、本当に感謝だわ。
リーゼさんが勉強や令嬢としての礼儀作法を教えてくれているって聞いているわ。
クリスティーヌ様だけではなく、困っている学生達の相談にものってくれて、模範生としてはとてもありがたいわ。
私がそんな事を考えている間もお兄様はまだ考え事をしている様だわ。
「お兄様?大丈夫ですか?」
「ん、あぁ大丈夫だよ。セティーはリーゼがこの先も居たら嬉しい?」
「もちろん嬉しいです!リーゼさんみたいに聡明でお優しい方が居てくれたら心強いです。それに、ご多忙なお兄様の負担も減って安心です」
そう言うとお兄様に抱き締められた。
「??お兄様どうしました?」
「兄様を心配してくれてありがとう。セティーは本当に優しい子だね」
私を溺愛するいつものお兄様だけど、何処か変だわ。
「お兄様、やっぱり疲れている様です。食事の時間まで休んで下さい」
「セティーに心配されたら、仕方ないね。わかったよ部屋でゆっくりさせてもらうよ」
「えぇ。ゆっくりして下さいね」
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ジェラルドside
さて、本当にどうしたものかな。
ジェラルドは自室で頭を抱え、出張先での事を振り返る。
数日前、ミレット子爵領の監査へ行くという同僚にその役目を変わってもらった。
ミレット子爵領は今年になって機材を一新し、農作物の品種改良に取り組み、農作物や漁業で収穫量が飛躍的に増加している。
それだけの資金は一体何処から出ているのかという疑問が上がり、不正や脱税を疑い監査が入る事になった。
〜回想〜
「今年になって娘はパトロンを見つけたようで。お陰で漁船や農具を一新でき、領が潤いました。ウチの様な振興貴族を応援して下さる方が居て良かったです」
私は令嬢の個人資産帳簿を確認しながら、冷や汗を掻くミレット子爵の話を聞く。
令嬢は学園卒業後ずっと領内で農作物について研究をし、父親である子爵の手伝いをしていたという。
概ねリーゼに聞いていた通りの話を聞いた。
「あのリーゼは上手くやっているでしょうか?」
「えぇ彼女は本当に優秀で、私はとても助けられてます」
「そうですか。それなら良いのですが…」
娘を心配する父親といったところだろうか。
「つかぬ事をお聞きしますが、こちらに『アンジェ』という女性はご存知ですか?」
「さっさぁ?存じませんなぁ」
「そうですか、残念です。そうだ、リーゼの話をお聞きしても良いですか?」
「えぇよろしいですよ」
子爵がリーゼの子供の頃の話を聞かせてくれたけど、今のリーゼと解離している部分があった。
「そういえばリーゼは貴族名鑑に載せていないのですね」
「私共は元々は新興貴族の地方貴族ですので」
「そうでしょうか。ミッドランド公爵の一門ですし、新興貴族と言っても、貴方で8代目。歴史ある一族ですよ」
「そう言って頂けて光栄ですが、この領地を治めるだけで精一杯の地方貴族に変わりありませんので」
地方貴族ね。
まぁ確かに舌戦を戦っていける様には見えないね。
先程から触れられたくない話題を出すたびに手に力が入っているし。
「あぁそうだ。あちらに見えている離れも見せて頂けますか?」
「あっあそこは物置でして!掃除もしてませんし、ジェラルド殿が入られるような所では…」
「仕事ですから構いませんよ」
「でっですが…」
子爵は渋々離れに案内してくれた。
案内された離れは物置代わりに使われてはいるものの、人が住める程度には整えられていた。
子爵は離れの中を案内してくれているが、ある部屋を避けている様だった。
「えっとこちらに使っていない調度品を置いてまして…あっ!ジェラルド殿!?」
「こちらの部屋はなんでしょう」
子爵を無視して部屋の扉を開ける。
「失礼。人が居るとは思いませんでした」
扉を開けた先に簡素なドレスを着た茶髪で小柄な女性が居た。
この女性が影からの報告にあった『アンジェ•ミレット』だろうね。
「子爵、こちらの女性は?」
「えっと…「叔父様のお客様ですね。私はミレット家の親戚筋にあたる家の娘でジェーンと申します」
「私はジェラルド•マルヴィンと申します。ジェーンさんはどうしてこちらに?」
ジェーンと名乗った女性は和かな表情を変えずに受け答えをした。
「収穫を手伝いに来たのですが、今日は大事なお客様がお見えすると聞きましたので、こちらで過ごさせて頂いています」
「そうですか。私は本日はこちらに泊らせて頂く予定ですから、ジェーンさんも本邸に泊まられては如何ですか?」
「いえいえ、私はこちらで構いません。どうぞお仕事をなさって下さい」
「お気遣いありがとうございます」
子爵よりも令嬢の方が肝が据わっているように見えるね。
その日の夕方、私はひっそりと令嬢が居た部屋を訪れた。
1人のメイドを連れて。
コンコン。
「アンジェお嬢様。お食事をお持ちしました」
「はーい。ありが…ジェラルド様…」
元気よく扉を開けたアンジェ嬢が私の顔を見て固まる。
「こんばんは。ミレット•アンジェ嬢」
「どうして…」
アンジェ嬢は引き攣った顔をしてメイドの方へ視線を動かす。
「若様こちらがミレット•アンジェ嬢でございます」
「若…様…?」
「ウチの者がお世話になりました。幾つか質問してもよろしいですね」
「はっはい…」
アンジェ嬢は観念したのか、自分がミレット•アンジェであり、『リーゼ』と名乗っている人物に身分を貸したと証言した。
「学園の成績表や卒業書はどうしたのですか?」
「私は早期卒業なのです。あの年は一斉に早期卒業する令嬢が多く、私の卒業書には名前が記入されていないという不備がありました。私は卒業後はずっと領地で過ごして居たので、わざわざ王都の学園に問い合わせる事はしませんでした」
その無記名の卒業書に名前を書いたのか。
「そうですか。では貴方が身分を貸した相手は誰ですか?」
「それは…言えません。例え私が牢屋に入る事になろうとも言えません!」
アンジェ嬢にとって恩や借りがある相手、もしくは身分が上か。
援助された金額を考えれば口を割らないのは当然か。
「牢に入るべきなのは身分を偽っている側の人間です。ですので、これ以上追求するのは辞めます」
「えっ?」
「その代わり、これについて知っている事を答えてもらいます」
私は緑の薔薇の刺繍がされたタオルをアンジェ嬢に見せる。
刺繍を見たアンジェ嬢は目を丸くする。
「これは!」
「この刺繍に使われている糸はミレット領で生産されている物ですね?」
「…はい。私が学生の頃、憧れの男性を花や星に例え、それを刺繍するのが流行りました。ジェラルド様は『緑の薔薇の君』、瞳の色と麗しいお姿からその様に例えられていました。この糸がジェラルド様の瞳の色に似ているため、女学生達にこぞって買って頂きました」
そんな事が流行っていたなんて、知らなかったな。
「この刺繍が施された物を頂いたのは、これが唯一なのですが」
「勝手に憧れの方の象徴を決め、愛でている物を贈ったりはしません。基本的に自分自身が楽しむ物です」
「そうですか。アンジェ嬢が卒業後この糸を買った人は居ますか?」
「いいえ。学生達の一時の流行りですから。ただたくさん買って頂いた方はまだこの糸をお持ちかもしれません」
「わかりました。最後に本物のアンジェ嬢の帳簿と小切手を見せて下さい」
「はっはい…」
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アンジェ嬢に見せてもらった帳簿と小切手から出資元はあるサロンだとわかった。
アンジェ嬢に出資していたサロンの経営者は裕福な平民となっているが、オーナーは別にいる。
オーナーは
エリザベート•ミッドランド
更新の間隔が開いてすいません。
私的な用事が多く、中々更新出来ていませんが、10日前後で更新出来るように頑張ります。




