シャルエラント②
シャルエラントside
燦々と太陽の日差しが強く照り射すなか、一羽の鳥が飛んできた。
「来たか。ご苦労だったな」
鳥の足から手紙を取る。
手紙の内容に目を通してニヤリと笑うシャルエラント。
ヴィなら渋ると思ったが教えてもらえて良かったな。
「あにー。お昼だよー!」
「早く早くー」
男女の子供が2人、シャルエラントに向かって呼びかける。
「呼びに来てくれたのか。ありがとう」
シャルエラントは子供達の頭を撫でる。
この2人は俺の弟と妹だ。
父親は違うがな。
この兄姉は俺の母が愛した人との間に生まれた子だ。
弟は今年で9歳。妹は6歳になる。
2人とも両親の特徴が遺伝しているな。
「2人ともシャルを呼びに行ってくれてありがとう」
「待たせてしまったようで申し訳ないな」
「待ったわよー。お皿、運んでちょうだい」
「シャルーファ。シャル君にそんな事させなくても」
「あらシャルもここに居る間は、ただの私の息子よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「でっでも怪我だって治ったばかりのなのに」
「あにー。このお皿はそっちだよ」
「了解した。これはこっちで良いか?」
「うん!それ私が作ったやつだよ」
「おぉ!美味そうに出来ているな」
「えへへ」
俺達は夫婦のやり取りを他所に食卓に食事を並べていく。
「母様、カスィーム。食事を並び終えたぞ。カスィーム、俺の事は適当に扱ってくれて構わないと言っただろ。怪我の手当だけでなく、こうして家に置いてもらっているんだ。手伝うのは当たり前だ」
「だけど、シャル君は…」
「俺は皆と同じただの人間だ。さぁ食事にしよう」
カスィームは何か言いたそうだが、こればかりは譲れない。
兄妹には俺の身分は隠しているのだからな。
俺は母の前の夫の息子。
別れる際、跡取りになる男児である俺は夫に取られたという事になっている。
母とカスィームは幼馴染だ。
母は家に出入りしていた商家の息子だったカスィームと恋仲になった。
母が父のハレムに入れられてしまい、2人は一度引き裂かれた。
そして2人は再び結ばれ、子宝に恵まれ、笑顔溢れる家庭を築いた。
まるでマリアが好きそうな恋愛物語だな。
「シャルどうしたの?傷が痛む?」
「いいや。少し考え事をしていただけだ」
俺の顔を心配そうに覗き込んだ母は、昔は長かった髪を肩で揃えている意外、何も変わらない。
「考え事ね。マリアさんのこと考えてたのね」
「さすが母様だ」
「いつか会わせてもらえると良いのだけど。こればかりはシャルの頑張り次第ね」
「わかっている。マリアからの愛を得られるよう、心を尽くす」
「色々と他にもあるけど、先に食事ね」
「ああそうしよう」
家族団欒で食卓を囲む。
マナーなど気にせず、談笑をしながらの食事。
時折食べ物を取り合う子供達を諌める両親。
諌められ、素直に謝り仲直りする子供達。
愛と笑顔溢れる家族の団欒。
これが、母の求めた幸せ。
ハレムでは決して得られることのない幸せを母は得られたのだな。
「シャル君。工房へ行こうか」
食事を終え、カスィームが俺に話しかけてきた。
「ああ。母様話は工房から戻ったらしよう」
「いいわよ。カスィーム、遠慮なく扱いてやってね」
母はカスィームに向かってウインクをする。
「ハハ、程々に頼むぞカスィーム」
「えっ…えっ?いやいや…」
「「ハハハハ」」
俺と母は揶揄いに戸惑うカスィームがおかしく、声をあげて笑う。
「やっぱりシャルーファの子だね」
「顔は似てないがな」
「でもシャルーファそっくりだよ」
「そうか…。ありがとう」
カスィームに指導されながら作っているのは靴だ。
靴を相手に贈る意味は
『これからの人生を共に歩んでいこう』
カスィームが母に靴を贈ったように、俺もマリアに靴を贈りたい。
マリアに跪き、この靴を履かせ、求婚出来たらどんなに良いか。
「初めてにしては上手く出来てるね。シャル君は本当に器用だね」
「カスィームにそう言って貰えるなら自信がつくな」
「ヒール付きの靴かぁ。この国でも流行るかな」
「どうだろうな。この国の平たい靴では、マリアは履き慣れないだろうから付けたのだが、底が厚くなっただけの様にも見えるな」
気に入ってもらえると良いが。
いや、その前に受け取ってもらえると良いのだが。
バン‼︎
「カスィーム!終わったかしら?」
「ああ残りは明日にしようとしてた所だよ」
扉を勢い良く開け効能に入ってきた母に慣れたように返事をするカスィーム。
「じゃあ今度は私の番ね!行くわよ!」
「おいおい母様、引っ張るでないぞ」
部屋まで連れてこられた俺に母真剣な顔をする。
「シャル。このまま私達と暮らしましょう」
「それは出来ない」
「遠慮なら…「遠慮ではない。母様達と暮らすつもりは俺にはない。この先も俺の意思が変わる事はない」
「そう…。」
「何度も断って悪いとは思っている。俺が母様の気掛かりになっているなら、俺の事は忘れて…「そんな事出来る筈ないじゃない!」
母は俺に抱きつき、震えている。
俺は母を抱きしめ返す。
「俺を置いて行ってしまったなどと、思うことはないと何度も言ったではないか。俺は俺の意思で残ったのだ」
「でも…一緒に行くと言っていたのに…」
「そうでも言わないと、ハレムから出ようとしなかっただろう?」
「シャール…私の可愛いシャール…。貴方は幸せ?」
『シャール』と母は俺を懐かしい名で呼ぶ。
王子として生きるため、改名を求められ、皇帝からシャルエラントと名付けられた。
母にもらった名を、母の存在を残したった俺は今の名も気に入っている。
母の存在を残したかったのは皇帝も同じようだがな。
「幸せだとも。信頼出来る友と部下が居る。そして愛する人も居る。今の俺なら母様の幸せを理解する事が出来る。理解した上で、俺にとっての幸せは、ここではないんだ」
「私の幸せを理解してくれるのは、嬉しいわ。でも、シャールの幸せは皇帝でなくてはいけないの?」
「俺は、金銭的価値の無いものに意味などないと思っていた。友人のお陰で、価値観を変える事が、いや思い出す事が出来たのだ。金ではなく、愛を、気持ちを大切にしていた母様の考え方を。だから皇帝になりこの国を変えるのだと決めたのだ。この国の人が笑って暮らせる国にし、その真ん中に俺は居たい。出来れば愛する人と」
「王家に生まれた使命や責任なんて言うなら、考え直して」
「もちろん使命感はあるさ。あのハレムの中で生き残った男児としての使命感が。それに、下級の姫の地位から成り上がろうという野心だってあった。でも何より大切な人達が笑っていられる国にしたいのだ」
俺は母を身体から離し、母の頬に触れる。
「それに、愛するマリアは侯爵家令嬢だ。嫁いでもらうにはそれなりの地位がいるしな」
俺は母に向かってウインクをする。
「シャールったら。それならもう何も言わないわ。ただこれからも2人の時はシャールって呼ばせて」
「ああ。そうしてくれ。その名で呼んでくれるのは貴方だけだからな」
「シャールはこの後も何かするのよね?マリアさんに嫁いでもらうには、条件が悪いもの」
「その予定だが、ハッキリと言うあたり流石母様だ」
「他国の王族なんて、権力に興味ないのならメリットなんてないわ。伝統だなんだって、ハレムがなくなっても息が詰まるわ。伯爵位くらいなら良いけど、それ以上の家はごめんだわ」
「うっ。やはりそうだろうか」
「当たり前よ!皇帝の妻なんて、王妃なんて責務ばっかりなのよ。それも親類の居ない他国なんて、願い下げだわ」
「…。わかっている。改革はまだ続く。一度に多くは変えることは出来ないが、マリアに負担を掛けぬよう、宮廷内も変えていく」
「それが良いわ。それと、もしマリアさんがシャールの妻になったら、1人になる時間を少しでも作ってあげて」
「ああ。出来るだけマリアの自由を奪わぬようにする」
既に種は巻いている。
数年前に結託した王妃の権力を削ぐ為、王妃の父を間も無く捕縛する予定だ。
アル達に贈った傷つけたクイーンの駒。
あれは味方にしたのではなく、落とすという意味だ。
俺の王太子の地位は揺るぎない。
それに、母もこうして幸せに暮らせて居る。
あの女は今後邪魔になる。
マリアがこの国に来た際に邪魔になる者は排除しておかねばな。
そろそろ大臣の首も貰いにいこう。
ヴェスタトールへアヘンや水銀を流出させ、国家間の関係を悪化させようとした。
国家転覆の容疑がある。
俺の殺害未遂と合わせれば直ぐに刑を執行出来る。
頭である大臣さえ斬首出来れば、芋づる式に他の者達も捕まえる事が出来る。
さて、どれだけの家が没落するかな。
我ながら腹黒い考えだが、品行方正というだけでは王族は務まりはしないならな。
ただ、マリアにはあまり知られたくはないな。
いや、いつか全てを受け入れて貰えたら良いが。
2日後、カスィームと共に靴を完成させた。
大臣の罪に関する証拠が揃ったとの連絡も来た。
その夜、寝静まった兄弟達の顔を見て、頬を撫でる。
「2人ともお別れだ。母様とカスィームと共に幸せにな」
「シャル君行くんだね」
「ああ。ろくに別れの挨拶もせず、突然で悪いな。カスィーム。母を諦めずに居てくれてありがとう。母は貴方と共に生きる事が出来て、望む幸せを得る事が出来た」
「シャル君くれぐれも気をつけて。君が傷つけばシャルーファも悲しむから」
「ああ。皆を頼むな」
さて行くか。
「シャール!」
「母様、起きていたのか」
「母親だもの。シャールが帰ろうとしてるのは察していたわ」
「察しの通り、暫しの別れだ。今生の別れではない。そんな顔しないでくれ。貴方には笑顔で見送ってほしい」
母は一度下を向き、顔を上げる。
顔を上げた時の表情は何時もの笑顔だった。
「行って来なさい。自分の為に改革をしてきてなさい。自分の幸せを掴むのよ!中途半端に終わらせるなんて許さないわ」
「ああ。ありがとう母様。愛している」
「私も愛しているわ。シャール」
母と別れを済ませ、迎えに来た部下と共に宮殿へと向かった。
シャルは心の中では母様と呼んでいないイメージだったので、心の中や考え事では母と呼んでいます。




