ミッドランド公爵家
(エリザベートside)
ミッドランド公爵家の自室。
エリザベートとメイドは打ち合わせをしていた。
「お嬢様、もう十分かと思います」
「ええそうね。当日の馬車の手配に抜かりはないわね」
「大丈夫です。当日ミッドランド公爵家が所有するホテルに着けて置くよう手配しております」
「こちらのドレスも事前にホテルにお運び致しますので、ご安心下さい」
「ええ、ありがとう。皆んな、頼りにしているわ」
「まさかジェラルド様に秘書として同伴するパーティーにお父様の名代として参加することになるとは」
アルベール家が貴族派を抜け、アルベール家の事業提供が回って来なくなったことで、経済的に力を失った家が多く、我が家に助けを求めるのは仕方ない事ですが。
我がミッドランド家が貴族派に属しているのは貴族派の動きを知るため。
謀反が起きぬようにするため、初代ミッドランド公爵と当時の国王の間で取り交わされた契約ですわ。
「分家の者も多く参加されますのね。色んな意味で気をつけなければいけませんわね。」
私とリーゼが同一人物と露見しないようにはもちろん。付け入る隙を与えてはいけませんわ。
分家といえど、他の家と同様に扱わなければなりませんわ。
契約は代々当主と次期当主のみに伝えられてきました。
故に分家の者はミッドランド公爵家が純粋に貴族派であると思っていますわ。
私が知っているのも後継者教育を受けていたから。
そろそろあの子にも伝えられるかしら。
コンコン。
「姉様、入ってもよろしいですか」
「マティアス。ええもちろんよ」
「失礼します。ん?そちらのドレスはもしかして」
「えぇこれはジェラルド様からリーゼに送られたドレスよ」
黒と白のシンプルなAラインドレス。
飾りはなくシンプルですが、品のあるドレスで秘書として着るに相応しいドレスですわ。
普段は髪をおさげにしていますが、当日はまとめ髪にしてドレスと一緒に頂いた髪飾りをする予定ですわ。
「姉様がこの程度のドレスを着るなど…」
「リーゼは子爵令嬢。秘書として同伴するなら十分なドレスですわ。それに品質は最高級ですし、何よりオーダーメイド。その辺の既製品よりよっぽど高価ですわ」
「確かに…。最高級のシルクが使われているようですね」
「見た目の印象に囚われてはなりませんわ。この髪飾りも使われている石は小振りですが品質が良く、細工も素晴らしいですわ」
流石ジェラルド様、センスがよろしいですわ。
このような高価な物を頂けるなんて。
秘書として評価されていると思って良いのでしょうか。
長期休暇に入る前はわかりませんでしたが、最近動きが怪しい家がありますし、きっとジェラルド様は情報が欲しいはずですわ。
貴族派の令嬢を秘書として連れて行くことで警戒が弱まればともお考えになるはず。
お役に立たねばなりませんわ。
私としても、貴族派の動向は知っておかなければなりませんもの。
「姉様、本当に大丈夫なのですか?そのパーティーに姉様も僕と行かれるのですよ?」
「大丈夫ですわ。幸いパーティーは午前からですし。ジェラルド様とパーティーに参加するのは午後を過ぎてからですわ。私達は午前に参加し、途中で帰宅する事になっていますわ。近くのホテルで着替え、馬車に乗って再び会場に行けば大丈夫ですわ」
リーゼから私に変身するのは時間が掛かりますが、リーゼになるのは簡単ですわ。
髪は結ってまとめるだけ、化粧を一旦落として、軽く化粧を施すのみですもの。
「それなら良いのですが…。姉様はそちらのドレスで行かれるのですか?」
「ええせっかくですもの。このドレスを着て行きますわ」
ジェラルド様とセレスティーヌ様より頂いた翡翠色のドレス。
本当はジェラルド様にお礼をお伝えして、着ている所をお見せするのが良いのですが、その勇気はありませんわ。
お礼の手紙は出しましたが、直接お伝えするのは社交界が始まった時ですわね。
その時にもう1着のドレスを着ましょう。
今回のパーティーで私がジェラルド様にお会いすることはありませんし。
着るのには良い機会ですわ。
「はぁ。そうですか」
「それはそうとマティアス。私に何か用があるのではなくて?」
「あっはい。本日で授業が次の段階へと移行する事になったとお伝えに来たのです」
「まぁ!凄いわマティアス!もうそこまで学習しているなんて!素晴らしいですわ!」
「いえ、姉様にわかりやすく授業内容をまとめた物を譲って頂けたお陰です」
「自分が復習しやすいようにまとめていただけですわ。マティアスの役に立っているなら、良かったですわ。マティアスが成人する迄に後継者教育が間に合いそうですわね」
「っ!姉様!本当にこのままで良いのですか!?本来であれば公爵家を継ぐのは姉様の筈だったのに!」
「マティアス…。立ち話もなんですわ。座って話しましょう」
この子がまだそんな事を気にしていたなんて。
それに気づかないなんて、姉失格ですわ。
エリザベートはマティアスをソファに座らせ、お茶を入れる。
「まずはマティアスの思いを聞かせてほしいですわ」
「僕は姉様が継ぐべきだと思っています。僕が引き取られるまで、ずっと跡目として頑張ってこられたのは、姉様です。それなのに、姉様が跡目から外れ、あまつさえ外国に嫁ぐなど!両親を亡くした僕を公爵家に迎え入れて頂けただけで十分でしたのに」
「マティアスはこの家を継ぐのは嫌ですの?」
「その様な事はありません!叔父上に跡目にと認めて頂けたことは誇りです!ですが…」
「それなら良かったですわ。マティアスがこの家に縛られるのが嫌だというなら仕方ありませんが、嫌でないなら私はマティアスに継いでほしいですわ」
エリザベートはマティアスに向かってニッコリと笑う。
「僕の立場に同情されているのでは?僕なら来年には成人して1人で生きていける歳になります。僕は、姉様が跡目として辛い教育に耐えていた事も、この家や領地、領民達を誰よりも愛していると知っています。僕がこの家に来た時、笑顔で受け入れて下さり、親類達から守ってくれたのは姉様です!それなのに、僕が姉様の立場を奪ってしまった……」
「マティアス。私は貴方に感謝しているのですよ。貴方がこの家に来て、私の代わりになってくれたから、私は夢を見続けることが出来ましたわ」
マティアスは涙を流しながらエリザベートに問う。
「姉様の夢?」
「ジェラルド様への恋心ですわ」
マティアスはエリザベートの答えに息をのみ、返答せずにエリザベートを見つめる。
エリザベートはお茶を飲み、呼吸を整えてから話し始める。
「ジェラルド様を見初めた当時の私には、婚約者が居なかったのです。そのため、この恋を諦めろと強く言われはしなかったですわ。でも、貴方がこの家に来た時、私は13歳。いよいよ婚約者が決まろうしていましたわ。ジェラルド様はマルヴィン公爵家跡取り。私はミッドランド公爵家跡取り。跡取り同士で結ばれる事は決してありはしませんわ。そんな時、貴方が私の弟に。私の代わりに跡取りになってくれたのです。両親を亡くして悲しみに暮れる貴方に、酷い事をしましたわ」
「姉様に酷い事など、された覚えはありません!」
「ジェラルド様への恋を諦められない私は、貴方を自分の身代わりにしてしまったのですわ。後継者教育は辛く、公爵家跡取りという立場は重積だという事を知っておきながら」
「姉様、自分を悪く言うのはお辞め下さい!普通に考えて、公爵家を継げる僕は幸運な男ですよ」
マティアス。
本当に優しい子ですわ。
私の身勝手さに振り回されているというのに。
「私は自身の立場や役目よりも恋に溺れ、幼い貴方に勉強を教え、お父様に後継者として教育するよう口添えをしましたの。優しい貴方はきっと断らないと思って。今の私は恋に溺れ、自分の責務を貴方に背負わせて、恋を実らせる事が出来なかった愚か者ですわ」
「姉様…。それでも僕にとっては泣いていた夜に子守唄を歌ってくれて、眠るまで側に居てくれた。両親を亡くした悲しみから立ち直らせてくれた優しい姉です。例え姉様自身でも悪く言うのは嫌です」
「ありがとうマティアス。この話を聞いても姉様と呼んでくれるなんて。今もジェラルド様の秘書をしたいなどという願いを叶える事が出来ているのも、マティアスのお陰ですわ」
マティアスは涙を拭いてエリザベートを見る。
「姉様が良いと言うならば、この家は僕が継ぎます!ですが、姉様が外国へ行く必要はないのでは?ずっとこの家に居れば良いじゃないですか」
「それは、無理な話ですわ。国内では格が釣り合う家との婚姻はもう難しいですし。それにこの家に居てはマティアスの伴侶に迷惑です」
「そんなことありません!」
「それに国内に居ては何処かでお会いしたり、お姿を拝見するかもしれませんから、きっとこの恋を忘れることが出来ませんわ」
「っ!それ程までの相手なのですね」
「えぇ!それはもう!マティアス。我が儘な姉でごめんなさい」
マティアスは一瞬下を向いたがすぐにエリザベートと視線を合わせる。
「わかりました。一つだけお願いがあります」
「私に出来ることなら何でも仰って」
「昔のように話して下さい。姉様が僕に敬語を使うのは、家の者達に僕が軽んじられない為だと、今ならわかります。ですが、姉様に敬語を使われる様になって寂しかったのです」
「マティアス…。そうね、今のマティアスならもう大丈夫よね。わかったわ」
「ありがとうございます姉様」
「こちらこそありがとう。そして貴方を振り回して、悲しませてごめんなさいね。話す機会をくれてありがとう。大好きよマティー」
エリザベートとの話が終わり、マティアスが退室する。
廊下を歩いているマティアスにミッドランド公爵が話しかける。
「マティアス、話は済んだようだな」
「はい。叔父上、僕はミッドランド公爵家を継ぐ覚悟をしました」
「そうか。では予定通り来年の成人と共に、マティアスお前を跡目にと発表する」
「はい!」
マティアスは難しい顔をして公爵に話しかける。
「叔父上、ジェラルド•マルヴィン様はどの様な方なのですか?」
「良い男だな。見た目も中身も、あの世代の中では群を抜いているな」
「そうですか…。では姉様は何処に嫁がれるのですか?」
「はぁ。私の妻の親戚筋辺りだな」
「!?そんな遠い所へですか!?」
「その国なら、妻の血筋であるエリザベートを蔑ろにする者は居ないからな。妻の名がきっとあの子を守ってくれる」
「そう…ですか…」
ミッドランド公爵は飾られた肖像画に向かって話しかける。
「あの子の幸せを願っておくれ。どうか天からあの子を見守っていておくれ、愛しき妻よ」
いつかは書こうと思っていたミッドランド公爵家の話です。
次はパーティーの話になると思います。




