伝令②
「こんなのよ嘘よ。改革は順調でなかったの!?」
王妃を味方につけて、汚職をしている大臣達を解任しているのではなかったの?
「セティー落ち着いてくれ。シャルなら大丈夫だ。これを見てくれ」
アル様に見せられたのは伝書鳩に括り付けるような小さな手紙。
そこには本当に怪我をしたものの、無事だと書かれていた。
「良かった。でもどうして生死不明なんて…。もしかしてわざと?」
「その通りだ。これは相手を罠に嵌める為の策だ。中々尻尾を出さない大臣を追い詰めるため、わざと自分を死んでいるかもしれないと偽り、行方をくらませたんだ。シャルが居ない間に必ず動きがある筈だ」
「なるほど。でも私達にそれを知らせて大丈夫なのかしら?」
「確かに情報が漏れるリスクがあるのだがな」
アル様とお兄様はやれやれといった表情をしている。
「シャル様がわざわざ私達に連絡をしたのはマリア嬢のためだろね」
「アリアのため?」
「愛する人を悲しませたり、心配をかけたくなかったのだろね。実際、会議の為に集まった時のマリア嬢の顔色は良くなかったからね」
マリアのお父様は元騎士団の団長で今は外交を務めいるし、王都にいるマリアは私達より早く情報を耳にしたのね。
「それじゃあシャル様からの情報を聞いたマリアは大丈夫なのですね?」
私の質問にアル様とお兄様が笑って答える。
「ああ。シャルが生きていると知ってホッとした様子だった」
「それにシャル様から託されたマリア嬢当ての手紙も渡したから大丈夫だよ」
「マリアが悲しむことがなくて良かった」
「まったくシャルの奴人を伝書鳩にして」
「緊迫してる状況だというのに、マリア嬢に愛を伝えるなんて。シャル様らしいというか。こっちは肝を冷やしたというのに」
「そんな状況だからこそ、いつも通りのシャル様の方がマリアは安心したと思うわ」
「こっちはそんなシャルに振り回されているんだがな」
アル様とお兄様は困ったような表情で笑う。
まぁ対処する側としてはやれやれって感じよね。
このシャル様が負傷して行方不明になっている事に対して国として対応することになるし。
「それで、私に出来ることや知っておくべきことはある?」
「例の大臣と繋がっている者達が我が国にも居る。その者達は私達の様子を伺っているだろう。何も知らずにシャルの安否を心配している素振りをしてほしい。その者達を炙り出し、捕縛したい」
「その者達に目星はついているの?」
「ああ。叔父上の親類達だ」
「えっ!?王弟殿下の!?」
えっと国王様の弟で確か身体が弱いんじゃなかったかしら。
数年間王宮に通っているけど、お会いした事がないのよね。
離宮で静かに暮らしていて、国事にもあまり顔を出さないようだし。
肖像画でしか見たことがないのよね。
「叔父上は身体が弱く、王族として公務を行うことも難しいんだ。しかし、私の次に王位継承権があるからな。親類達に利用されそうになっているようだ」
「王弟殿下の母君は既に亡くなられているけれど、生家と親類達は貴族派ですからね」
「アルベール侯爵家が貴族派を抜けた事で力関係が変わったかな」
「貴族派は今、経済的に上手くいっていない家が多いから、力を取り戻したいのでしょうね。上手くいけば王弟殿下を傀儡王に出来ますからね」
「そんな…王位争いが起きようとしてるなんて」
「セティー大丈夫だ。叔父上に王位簒奪の意思はない。親類達の動きが怪しいと国王に伝えているくらいだ。シャルの策に乗じて叔父上の親類を排除出来れば解決する」
「そうかもしれないけど、でもそれって、アル様に危険が降り掛かるかもしれない状況なのよね?」
王弟殿下にその気がなくても、周りの人間が悪い事を考えるはずよ。
アル様が怪我したり、万が一死ぬようなことがあったら…。
アル様が死んでしまうかもしれないと考えただけで恐怖が身体中を駆け巡る。
「セティー!心配している様な事は起きるはずがない!私が奴らに遅れを取るなど、あり得はしない!」
アル様に力強く抱きしめられ、自分が震えていた事に気づいた。
「でっでも万が一という事が…」
「万に一つも起こらないよう警戒を怠らず、策を講じるんだ」
わかっているわ。
アル様は王太子。
護衛を常に側に置かなければならないくらい、子供の頃から危険と隣り合わせ。
これくらいの事、慣れているかもしれないけど。
階段から落ちた時、このまま目を覚さないんじゃないかって思ったわ。
あの時のような事が起こったら。
恐怖が消えてくれない。
アル様に抱きしめられている私の頭にお兄様が優しく手をおく。
抱きしめられたまま視線をお兄様の方へ向けると、いつもの優しい笑顔のお兄様と目が合う。
「大丈夫だよ。アル様を守る為に兄様が居るのだから。ヴィクトルも居る。それに他の護衛や影だって。何より、アル様にはセティーが居るのだから。アル様が大切な人を残して簡単に死ぬ筈がないんだよ」
「お兄様…」
「セティーにも協力してほしいことがあるんだ。アル様のために頑張れるね」
アル様のためならなんでも出来るわ。
お兄様に諭されてなんだか落ち着いた気がするわ。
「はい、もちろんです。アル様、私頑張るから、私にも頼ってね」
「ああ、ありがとう」
「うん、落ち着いたようだね。では急だけど、明日の朝王都に帰ろう。表向きにはシャル様が行方不明になっているから、悠長に避暑地に居るわけには行かないからね」
「セティーと初めての旅行だというのに、台無しだ。まったくシャルの奴」
アル様が冗談ぽく悪態をつく。
きっと和ませようとしてくれているのね。
「アル様、旅行なら今後も出来わ。次はもっとゆっくりしましょう」
「ああ、そうだな。今度は2人きりで来れるようになると良いな」
私達は朝食を食べ急いで帰り支度をして王都へ向けて出発する。
「私はしばらく自宅に居た方が良いかしら」
お茶会やパーティーの予定があるけど、シャル様を心配しているのに出歩くのはおかしいわよね。
「いや、買い物やオペラ等の遊びに行くのはまずいが、社交をやめるわけにはいかないだろう」
「むしろ向かうから探りを入れるために寄ってくるだろうから情報を掴むチャンスだね」
「なるほど。後で王弟殿下の親類にあたる貴族の名前と顔をおさらいするわ。貴族派の令嬢が多く参加するお茶会もあったはずだわ」
「セティー、くれぐれも気をつけてくれ。決してこちらからは近づいてはいけない」
「わかっているわ。絶対に1人にはならないわ」
「セティー付きのメイド3人にも武器を持たせよう」
「はい。こんな事ならお祖父様や伯父様達に武術の稽古をつけてもらっていれば良かったです」
お母様は武家の娘として剣を習っていたので、そこら辺の騎士よりも強いのよね。
私も習おうとしたけど、家族皆んなに全力で止められたのよね。
「セティーは公爵家の娘なのだから母様のようにしなくて良いんだよ」
「でも、いざという時に足手纏いになりたくないです」
「まぁ護身術くらいなら習ってもいいと思うけど」
「本当ですか!では帰ったら教えを乞える方を探します」
辺境伯家の家族は遠いいから誰か良い講師を見つけなきゃ。
「それなら兄様が教えるよ。セティーが護身術を習おうとしてると父様に知れたら大変だからね。絶対に騒ぎになるから」
「確かに。でもお兄様は忙しいのに大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。本格的な武術を教えるわけではないし、セティーに出来そうなものだけだから」
確かに。
辺境伯家の血筋でもあるのに、運動神経悪めなのよね。
護身術習う前に走り込む事から始めた方が良さそう。
私は色々ありすぎて、リーゼさんのことをすっかり忘れていた。




