パートナー②
ジェラルドは時計を見た後、扉の方へ視線を動かす。
コンコン。
「ジェラルド様失礼致します。そろそろ一息ついては如何でしょうか」
想像通り、リーゼがお茶を運んで来た。
「ありがとう。丁度お茶が欲しかったんだ」
「それは良かったです」
リーゼはいつも通り、お茶を入れティーカップをジェラルドの机に置く。
「ありがとう。この間はリーゼには申し訳ないことをしたね。書類を届けてくれた上にレオの相手をしてくれたと言うのに。お礼とお詫びにこれを受け取ってほしい」
ジェラルドはリーゼに包装された箱を渡す。
「私の方こそ、せっかくのおもてなしを、あのように退席してしまい申し訳ありません」
「いや良いんだ。それより傷ついたりはしてないかい?赤ん坊の爪は意外と鋭いから」
ジェラルドはリーゼに近づき顔を覗き込む。
「だっ大丈夫です!あの、ありがとうございます。有り難く頂きます」
「ああ、気に入ってもらえると良いけど。開けて確認してほしい。もし気に入らないようなら別の物を用意するから」
「そのように気を使って頂かなくても構いませんのに。それでは失礼して開けさせて頂きます」
箱の中は、レースのハンカチとハンドクリームの他に万年筆が入っていた。
「これは翡翠……それにこの石はレッドダイヤモンド!?」
万年筆の真ん中には薔薇の型にカットされた翡翠が付いており、その周りには小粒ではあるが珍しいレッドダイヤモンドが装飾されていた。
「君のハンカチに刺繍されていたのが薔薇だったから、好きなのかと思ってね。気に入らなかったかい?」
「いっいえ大変素敵なお品です!ですがこの様な高価な物頂けるません!」
「リーゼにはたくさん助けられてるからね。セティーにも令嬢達の情報をまとめた資料を使ってくれたりと世話になっているからね。これくらい当然だよ」
「でっですが(翡翠にレッドダイヤモンドなんて高価過ぎますわ。)」
リーゼはジッと万年筆の宝石を眺める。
「宝石が気になる?リーゼは翡翠色の持ち物が多いから好きなのかと思ってね。それにレッドダイヤモンドはリーゼの瞳の色に良く似ているから選んだのだけど」
「えっ!?(あっあの時見られて!?)」
「普段メガネで良く見えないけど、とても綺麗な色だね」
「あっありがとうございます」
リーゼは無意識に一歩一後ろに下がる。
「ミッドランド公爵家のエリザベート嬢と同じ瞳の色なんて珍しいね」
「っ!?えっええ、ウチはミッドランド公爵家とは何代も前ですが、縁が繋がってますから」
「そうなんだ。だからかな?エリザベート嬢も翡翠色がお好きだとし、2人は似ているね」
「っ!?(どっどうしましょう!?わっ話題を変えなくては)エリザベート様と私では似ても似つないですわ」
「?」
ジェラルドは無意識に首を傾げる。
コンコン!
「お兄様、入ってもよろしいですか?」
「セティーか、どうぞ」
「(セレスティーヌ様!たっ助かりましたわ)」
「失礼します。あっリーゼさんもお揃いですね。お兄様!先程、リーゼさんにお兄様のパートナーのお話しをしたら引き受けて頂けると仰って頂けたんです!」
「セティー!それはリーゼの負担だからと言ったじゃないか!」
ジェラルドがセレスティーヌを叱る。
「(ジェラルド様がセレスティーヌ様を嗜めるなんて、初めて見ましたわ。こんなお顔をされますのね。あっそろそろセレスティーヌ様を助けませんと)」
珍しくジェラルドに叱られショボンとするセレスティーヌ。
「あのジェラルド様、セティー様にお話を伺い、私も秘書としてなら、こんな私でもジェラルド様のパートナー役を務められると言ったのです」
「リーゼさん!」
「ジェラルド様に私の様な地味な者でも良いと仰って頂けるなら、社交の勉強も兼ね秘書として同行を許して頂けますでしょうか」
「リーゼ…本当に良いのかい?例え秘書としてでも、私のパートナーというだけで女性達から邪険にされるかもしれないよ」
「先程頂いた物は、私には過分な物かと思います。ですので、それに見合う働きをさせて頂きたいです」
リーゼはジェラルドに頭を下げる。
「リーゼ!頭を上げて。お願いをするのはこちらなのだから」
ジェラルドの言葉にリーゼは頭を上げジェラルドと視線を合わせる。
「リーゼがそこまで言ってくれるのなら、お言葉に甘えて私のパートナーをお願いするよ。当日必要な物は全てこちらで用意するから」
「はい、よろしくお願いします」
「良かったです!リーゼさんが着るドレスが必要ですよね?私の部屋で採寸をしましょう!」
「セティー様!?」
「遠慮なさらず。お兄様はセンスが良いので、きっとリーゼさんにお似合いの物を用意しますよ」
「2人は随分と仲良くなったのだね。リーゼもセティーと呼んでいるし」
「えぇ仲良しですよ!ではお兄様!リーゼさんを借りて行きますね!」
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「お嬢様、お召替えを」
「ええお願いするわ」
自宅に帰り、リーゼの姿からエリザベートへと戻る。
「お嬢様、こちらのハンドクリームを使ってマッサージをし致しましょう」
「えぇそうですわね」
ジェラルドから貰ったハンドクリームを使って侍女がマッサージをする。
ジェラルドの秘書として働き始めたせいか、心なしか手が荒れていた。
その手を見たジェラルドがプレゼントに選んでくれたのかとエリザベートは考える。
マッサージが終わり、ジェラルドから贈られた万年筆を手に取り、ウットリした表情で眺めては時折ため息を吐く。
「まさか瞳の色を見られているなんて。怪しまれてしまいたしたかしら?はぁ、それなのにジェラルド様のパートナー役なんて。例え秘書としてでも望み過ぎましたわ」
「リーゼ、私だ入るぞ」
「どうぞ、お父様」
父親と綺麗に包装された大きな箱を抱えた従僕が部屋に入ってきた。
従僕はテーブルの上に箱を置き退室する。
「お前に贈り物だ。ん?その万年筆は?中々な品だな」
「これはジェラルド様から『リーゼ』に贈られた物です」
「この薔薇は翡翠だな…。お前の好きな色…。リーゼ、まさかとは思うが、バレてはいないだろうな」
「今はまだ、大丈夫だと思いますわ。ただジェラルド様に私の瞳を見られてしまいましたわ。そのレッドダイヤモンドは私の瞳を連想したとの事ですわ。」
「はぁ!?瞳を見られただと!?本当に正体がバレていないのか!?リーゼの瞳の色と同じ令嬢など、そうは居ないのだぞ!?」
「我が家とミレット家は数代前に縁繋ぎをしていると誤魔化しましたわ」
「ミレット家と婚姻を結んだのは8代も前だぞ。それにリーゼの瞳の色は妻の家系からの遺伝なんだ。幸いミレット家にリーゼと同じ歳の令嬢が居る。戸籍を調べられたくらいでは直ぐにバレる事はないが…。リーゼ、くれぐれも必要以上にジェラルド殿に近づくんじゃないぞ?」
エリザベートは父親から視線を逸らす。
「そっそれが…。今度パーティーにジェラルド様のパートナーとして参加する事になりまして…」
「………。」
エリザベートの父親は驚きのあまり、言葉が出ず、開いた口が塞がらない。
「ひっ秘書として!これはお仕事ですわ!決してジェラルド様に近づきたいなどという下心では……」
徐々に声が小さくなるエリザベート。
「はぁ、本当に諦められるのか?秘書としてなら、パーティーの最中、ジェラルド殿が嫁探しをする所を見る事になると思うが」
「っ!そっそれは…」
「まぁ良い、くれぐれもバレない様にな。その贈り物はセレスティーヌ嬢とジェラルド殿からの例のドレスだ」
父親が部屋から出て行った後、エリザベートはテーブルの上に置かれた箱を開ける。
包装を外すと箱は棚型のになっていた。
中には銀色のスレンダードレスに銀とラベンダー色のフリルが華やかで美しいドレスが入ってもいた。
「素敵…。もう一段ありますわ」
エリザベートは不思議に思いながらもう一段の棚を開ける。
「これはっ!」
淡い翡翠色のマーメイドドレス。同系色の糸で全体的に刺繍が施された美しいドレスが出てきた。
メッセージカードには、エリザベートに好きな色のドレスを着てほしいという事。
ジェラルドがドレスの形と刺繍を選んだ事がセレスティーヌにより書かれていた。
エリザベートは鏡の前でドレスを自身にあてがう。
翡翠の色は似合わないと懸念していたが、ドレスに施された刺繍とマーメイドラインがそれを払拭させる。
「嬉しい……」
エリザベートはドレスを抱きしめて小さく呟く。
「大丈夫、大丈夫ですわ。ちゃんと思い出に出来ますわ」
ジェラルドとのパーティー同伴まで後3週間。




