次男坊、憂鬱になる
「…………… まあね、いくつかの事は想定していたのだよ? 兄貴が何かやらかして、都市エベルの政情が不安定になるとか、実はイルゼ殿が生きていて帰還するところまでは」
困り顔のクリストファは明るい茶色の髪を撫でる。
「そのためにエグザを都市に残していたわけですからね」
「…… 彼は良い仕事をしてくれたよ、お陰で考える時間ができた」
黙して思考に入る主の言葉を騎士ジグルは気長に待つ。
「まぁ、都市エベルが向こう側についたとしてもイルゼ殿が一枚噛んでいる以上、ノースグランツ領兵達と共にいる限りは突然の攻撃を受ける事も無いか…… ジグル、彼らの動向に注意してくれ」
「転移阻害の魔導装置の警備を密にして、外部からくる者達に対しては検閲を強めましょう。それで、ノースグランツ領兵への情報遮断効果があるはずです」
そこで一息を入れて従者は続ける。
「…… ですが、いずれ彼らも自分達の都市の状況を知るでしょう」
「ジグルはどう見る?彼らは故郷と共に魔族側につくと思うか……」
「正直な話、タイミングが悪いですね…… リースティア家の治世は成功していましたし、それだけジフル様は人望もおありでした。そこに我らベイグラッド家が割り込んだ形になっていますから、やり切れない者も多いでしょう」
そのベイグラッド家の次男坊は深いため息をつく。
「まぁ、俺が件の魔王の立場なら、都市エベルを占領しても魔族側につけとは言わんよ。先ずは中立を維持してもらうといったところだ、その方が領兵達の心理的負担が少ない」
「となれば、此方の戦力は王都からの聖女様と魔女殿の2個中隊300名と、我らの2個中隊300名を合わせて一個大隊規模ですな…… 地下20階層で王国軍が手痛い敗北を喫した時とかわらない戦力です」
「…… で、王都からの援軍の一個連隊1200名は海路を輸送船で都市エベルに向かっているわけだ。到着までに時間が掛かるし、エベルの港が軍船で封鎖された場合は輸送船中心の王国海軍では厳しいものがあるな……」
「クリストファ様、これは所謂、詰みというやつでは?」
再度、深いため息を吐いて次男坊は俯く。
「ジグル、もし都市エベルからリースティア家の伝令が来た場合は俺のところに通せ、金で懐柔できればそれでよし、無理ならば拘束して足止めする。できれば偽の返事をだしたいところだが…… 理由を付けてザフマン中隊長を呼び出すから、彼の天幕から刻印を拝借する事は可能か?」
「えぇ、密偵兵を使いましょう」
「暫しの時間を稼いで、その間に撤収の準備を済ませよう、親父にも伝令を出して事情を報せないとな……」
大体の方針を主が定めたところで、ジグルは確認しておくべきもう一つの事を問う。
「…… 聖女様と魔女殿にはどうお伝えしましょうか?」
「直接伝えたい、二人を呼んできてくれ」
「では、失礼します」
自らの従者が退出した後、さらにクリストファは一人ぼやく。
「俺にも“遍在”の魔女殿の様に大規模の転移方陣を使えれば一瞬で帰還できるんだが…… こうなると羨ましいなぁ」
この後、速やかにミザリア領兵たちは撤収の準備をすすめ、自領へと帰ることになる。それと連動して王都からの部隊も大規模な転移方陣を開いて王都周辺の平原へと帰還した。
最後に取り残されたノースグランツ領兵達が、再度の伝令によって、都市エベルへの帰還命令が出ていた事を知るのはその翌日の事であった。
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