次男坊、悪い知らせをもたらされる
場面転じて、ここはシュタルティア王国ノースグランツ領の北部森林地帯の外縁、ダンジョン探索部隊の陣地である。そこに水筒と短剣だけを身に付けて長距離を走破してきた男が倒れるように駆け込んでくる。
「はッ、はぁ、うぅ…………」
「おいッ! お前、大丈夫かッ!?」
汗まみれで荒い呼吸を繰り返し、倒れ込みかけた男を陣地の入り口を護る兵士が支えた。
「こ、これを…… 」
疲れた顔でその男が差し出したのは少しだけ装飾が施された作りの良いダガーナイフである。そこにはミザリア領辺境伯ベイグラッド家の紋章が刻まれていた。
「はぁッ、クリストファ様にッ…… 取り次いで、もらいたい」
「分かった、確認をしてくるから息を整えておけ」
都市エベル側の陣地の入り口を護る兵4名の内、男の話を聞いた一人が紋章付きの短剣を受け取り、踵を返す。
「しかし、お前さん…… こっちの側からくるってことは都市エベルから走って来たのか?」
「すげぇな…… お前」
地面に座り込んで呼吸を整えるこの男はベイグラッド家の密偵兵だ。元々、彼は屋敷で使える使用人の息子だったのだが、足がとても速くて体力もあったので伯爵家の次男坊クリストファに取り立てられ、密偵としての訓練を受けた。
この遠征では、前領主の死去と新領主の着任により政情に不安がある都市エベルに残り、何か問題があればそれを報せる役目を担っている。
その都市エベルの中枢で在り、領主の屋敷を兼ねる小城に地下迷宮で死んだとされる前領主のリースティア家の令嬢が帰還したのは昼下がりの事だ。
その後に忽然と城内に現れた魔人の男と吸血鬼の女が遠見と転移を阻害する魔導装置を掌握した段階でミザリア領兵達に勝ち目なしと見て、彼は都市エベルから離脱した。
そして、3時間も経たない夕方頃には都市エベルから42kmほど離れたこの陣地に辿り着いている。
人間というのは他の野生動物と比べて身体機能が低下しているなどとも言われているが、一概にそうとも言えない。
確かに、人間よりも速く走れる動物や魔物はこの惑星ルーナにもサーベルタイガーやスノーウルフなどたくさん存在している。
ただし、それらが走る事ができる時間と距離の関係を考えると少々話が違ってくるのだ。実際のところ、3 ~ 4時間という短い間に40㎞以上を移動できる哺乳類はそういない。
例えば、競争馬が全力(時速約70㎞)で走れる時間は約10分間、移動距離は大体11㎞で後は時速20㎞未満程度の速度しか出せないし、無理をすれば身体に熱が籠って放熱できずに死ぬ。
それに対して、訓練された一流の長距離走者は平均して時速20㎞前後で2 ~ 3時間を走る事ができる。ある程度以上の距離になれば、人は馬と競ることができる走破力を持っている。
報告のため、身体を休めて息を整える彼も3時間を切って都市エベルから陣地まで辿り着いた事を鑑みれば一流の走者なのかもしれない。
ただ、彼の報告は分類すれば己の主にとって悪い知らせのため、人知れずため息を吐き出した。
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