魔王、応接室を占拠する
「…… その婚約の話は随分と前にゲオルグ様へお断りの返事をしたはずです」
ウェルガの指が書面の隅に書かれている日付を示す。それは丁度、彼女が実績を上げて領地を継ぐために北部森林地帯のダンジョンへ向かった後の日付だ。
「つまり、行方不明になった貴女の婚約者として、王からも許可をもらった俺がノースグランツ領を治めているのが現状だ」
どこか勝ち誇ったような顔で赤髪の大男がふんぞり返る。
「どうだ、イルゼ殿さえよければこの書面の通りに妻に迎えてもいいが?」
「………… いえ、その婚約は破棄させていただきます。行方不明ならいざ知らず、私が健在である以上、意思一つで解除できますからね」
すくりと、椅子から立ち上がったイルゼ嬢は真っ直ぐウェルガに手を伸ばす。
「これから王都に事情を説明に行く必要がありますので、失礼します。預けた指輪を返していただけますか?」
「…………はぁぁあっ、気の強いところは相変わらずだな。こっちにも都合という物がある」
深いため息の後、ウェルガは側に控える屈強な兵士に指示を出す。
「イルゼ殿は地下ダンジョンで戦死された…… コイツはそれを語る紛い物だ」
「………殺してもいいんですかい?」
その配下の問いにウェルガは少し考えたあと、後腐れが無い様にと思ったのか首を縦に振った。
「お嬢様ッ!」
マリが庇うようにイルゼ嬢の前に出ようとするが、やんわりとそれを抑える。しかし、城塞に入る際に武器を衛兵に預けているため、今の彼女は丸腰だ。
「悪く思わんでくれよ、お嬢さん」
ウェルガの護衛の一人が一歩を踏み込み、袈裟切りに抜身の刃を振るう。
「はっ、そっちこそ悪く思うなよッ!」
「ッ!?」
俺はイルゼ嬢の影から飛び出し、魔力が籠った左手で振るわれた刃を掴み取る。
バギッ
その掴んだ長剣を圧し折りながら、右の掌にファイア・バレットの魔法を生じさせ、直接相手の顔面に撃ち込んだ。
「ぎッ……」
頭を潰され、致命傷を負った護衛の一人がその場で血を撒き散らしながら膝を突いて倒れる。
「ひっ…… うわぁあああッ!!」
その光景を見ていたもう一人の護衛は、案外と可愛らしい悲鳴を上げて腰だめに長剣を構えて身体ごと突っ込もうとする。だが、マリの影より既に這い出していたスカーレットのAK-46が渇いた音を三度鳴らした。
「がぁ、ッ、ぐッ!」
その護衛の胸と腹に三つの穴が開き、血が流れだす。
堪えようとしたようだが、長剣を握ったまま頽れる。
「ん、これでやっとお話ができますわね、おじ様」
「あぁ、影の中は窮屈だな……」
ややのんびりとスカーレットとちょっと振りの会話を交わすうちに、影から這い出した俺達を見たウェルガは面食らいながらも、椅子から立ち上がり、壁際に飾ってあったサーベルを手に取る。
「ば、化け物ッ! 気でも触れたか、イルゼッ!!」
その声に反応して、扉の裏側に控えていた魔術師二人が、それを開けることなく用意していた魔法を発動させる。
「抗う事無く全てを受け入れなさい、アンチレジストッ」
「安らぎの中に安堵と共に落ちろ、スリープ……」
一人は魔法耐性を下げるアンチレジスト、もう一人が眠りを誘うスリープの魔法、その二つを連携させた攻撃だ。
が、それは既に読んでいる。
大体、直ぐに発動できるように発動段階で留めおくと、上手く術式を隠蔽しない限り、何の魔法か丸わかりである。なお、彼らは相手がイルゼ嬢と侍従のマリという魔導の道を征く者ではない為か、些細な隠蔽処理しかしていなかった。
「全ての異常より身を遠ざける護りの力をッ」
相手の魔法の発動に合わせて、俺はフルレジストの魔法を発動させる。
淡い光が俺達を一瞬だけ包み込み、異常に対する耐性を大幅に向上させた。
そして、スカーレットはその細腕を扉に向けて翳し、風属性の指向性を持った炸裂魔法、エア・バレット・バーストを放つ。
「気持ちばかりのお返しですわ、受け取ってくださいね♪」
彼女の手から放たれた風弾がバギッと扉を貫通した直後、爆ぜて無数の風の刃を正面と左右に撒き散らす。
「がぁッ…あ、あぁ……」
「っぐ、ぐぶッ!」
苦しそうな悲鳴が聞こえた後、どさりと人の倒れる音がする。急速に弱まっていく二人分の魔力反応を感知する限り、もはや抵抗はできないだろう……
「スカーレット殿、うちの実家を破壊しないでください…… 」
「あら、申し訳ありません、つい……」
「さて、後はお前だけだが?」
「…………」
カランッ
視線の先、赤髪の領主がサーベルを床に放り投げ、両手を上げる。ふむ、生かしておけば何かの交渉材料にはなるか? 後で地下20階層の城塞にでも幽閉するとしよう……
読んでくださる皆様には本当に感謝です!!
拙い作品ではありますが、頑張って書いて行こうという励みになります。




