魔王、ベヒモス鍋を遠慮する
ふむ、割と力押しではあったが、イルゼ嬢は魔獣としては強力な部類に入るベヒモスを倒して見せた。もう、人間としては何かしらの称号を得られる程の強さを持っているのではなかろうか?
これも、訓練場に通い詰めていた成果だろう。
「ふふっ、予想通りですわ、おじ様」
「ああ、かなりのものだな……派手さと突破力に欠けるが、状況への対応力は高い」
これで、積極的に上層、ひいては地上への侵攻に加わってくれれば嬉しいんだけどな。どうしても、今の魔族の数を考えれば、人間達と事を構えるのは無謀に感じる。
ダンジョンに引き籠って細々と生きるか、どこかで人間達と折り合いをつける必要がある。差し当たってはこのダンジョンがあるシュタルティア王国の領地を何とかしなければならない。
「イルゼ嬢には是非、協力してもらいたいものだ……」
「そう考えると、良い拾い物をしたのかもしれませんわね、我が君」
着物の様な和装姿の鬼姫は薄く微笑んでいる。
「それと、アレを頂いても宜しいでしょうか?」
彼女の視線の先には地に倒れるベヒモスがある。
「何に使うんだ?」
「いえ、普通に調理して皆でいただくのですよ、ベヒモス鍋と言ったところでしょうか?」
…… 食べるのか、これを。
このダンジョンに籠る様になってから、魔族の食生活は一時期、困窮したことがあるという。後に生産区画の再整備と青銅のエルフ達の研究の成果、戦死による魔族の減少の複合的な要素により、食糧需給はある程度安定するわけだが……
その過渡期の苦しい時代、我が同胞は食べられるモノはできる限り無駄にしないという文化を身に付けたらしい。
まさに、“もったいない”スピリットである。
若干、引き気味な俺にミツキは言ってのけた。
「案外と美味しいかもしれませんわ。外見がイノシシに見えない事もないですから…… ですので、鍋かと」
「おぅ、それは旨そうだな。期待させてもらうぜ、ミツキ殿」
「あ、あたしも食べてくよッ。ベルベアは?」
「……… (………じゅるり)」
「…… 私はゼルギウスが用意している夕餉がありますので、遠慮いたしますわ」
何気にダロス、ヴィレダが乗り気で、スカーレットは微妙に嫌そうだ。
そして、ベルベア、涎が垂れかけているぞ!
「わかった、好きにしてくれ……」
「では、すぐに血抜きをおこないませんとね…… お前達ッ!」
数名の鬼人兵を引き連れて、ミツキがベヒモスに近付いていく。
あぁ、そうだ。忘れかけていた。
俺もその後を追い、地に倒れるベヒモスの亡骸の前に立つ。
「我が君、どうかなさいましたか?」
「あぁ、ちょっとな」
ミツキに軽く返事をして、腰に吊るした鞘からミスリル製日本刀を居合の要領で抜き放つ。
チンッ
っと、刃が鞘に戻る音と同時にベヒモスの黒い角が落ちる。
それを拾い上げて俺はイルゼ嬢の所に持っていく。
「イルゼ殿、戦利品だ。ベヒモスを討った証になる」
「…… 魔王殿、ありがとう御座います」
ついでにイルゼ嬢の頭を撫ぜながら、ヒーリングを施しておく。
「……何故、いつも頭なのですか?」
「ん、嫌だったか?次からは控えよう」
「いえ……」
彼女は顔を俯かせてしまったので、その表情は読めない。
まぁ、ホントに嫌そうならこの治癒魔法の施し方は止めるとしよう。
「ダロスッ、後は任せる」
「はっ、承りました」
黒毛のミノタウロスに見送られ、ベヒモス鍋を食べるヴィレダとベルベアを残し、俺とスカーレット、イルゼ嬢達は最下層に戻るのだった。
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