魔王、東京都立中央図書館を目指す!
そうしてヴィレダを手懐けた翌日、一度地球に帰るという本題に戻る。
現在、片肘を突いて坐す玉座は謁見の間において少しだけ高い位置にあり、段差を下りた場所の左右にはスカーレットとヴィレダが控えていた。
「王様、ご所望のものを仕立ててきました」
丁寧な言葉に合わせて、機織りや家事に特化したキキーモラという幻獣が恭しく衣服を差し出し、それを受け取ったヴィレダが此方に持ってくる。
「イチロー、何だこれは? 無駄にひらひらしてる」
なお、つい先程から猫を被るのを止めて呼び捨てである。そう言えばマルコも俺を呼び捨てていたな。
「あぁ、それはスカーレットが着るワンピースだ」
「こっちのは分かるよ、変わったデザインのズボンだ」
「それはジーパンと言う。あッ、こら、齧るな」
「ん、丈夫さを確かめてみた!」
いきなり仕立ててもらった衣服にヴィレダの噛み跡が付き、跪いて首を垂れる幻獣に若干の申し訳なさを感じてしまう。
「中々の再現度だ、ありがとう…… えっと、モーラだったか?」
「勿体ないお言葉です」
キキーモラ族のモーラが深く頭を下げて退出した後、俺は白いワンピースを吸血鬼のスカーレットに手渡した。
「これに着替えてきてくれ、それと……」
今まで特に触れていなかったが、地球の吸血鬼と此方のそれは大きく異なり、“鬼”としての性質を持っている。故に日の光やら十字架、にんにくなども然したる効力を持たない。
彼女も例外ではなく、その頭部に悪魔のような二本の巻角があった。
「確か角、隠せるよな?」
彼女の父親ブラドと人間の町へ遊びに行けたぐらい平和な頃、あいつは角を隠していたはずだ。
「はい、では準備してまいりますね。覗いちゃダメですよ?」
そう釘を刺しながら俺の寝室へ入っていく…… まぁ、自分の部屋まで戻るのも時間の無駄だからな。
「イチロー、あれは振りだ、きっとスカーレットは覗いて欲しがっている。時間があればいつもイチローの寝室へ行っていたから」
「…………」
そりゃ、彼女が7歳の頃は“おじ様のお嫁さんになる”なんていっていたが、今それをやれば都の迷惑防止条例に反し兼ねない。そんな意味のない事を考えていたら、支度を終えたスカーレットが戻ってきた。
「…… イチロー様、似合っていますか?」
「ああ、可憐だ」
はにかんだ笑みを浮かべた彼女に対し、此方も支度を済ませた後に改めて行き先の説明を行う。
「これから地球という惑星の日本国に行くが、そこには人しか知的生命体が存在しない」
「…… それは不愉快極まりない世界ですね」
嫌そうに答えたスカーレットの隣を見遣ればヴィレダも顔を顰めていたが、そのまま注意すべき事柄を伝えていく。
「日本国では滅多な事では殺し合いが行われず、互いの権利が尊重される」
「本当ですか? 彼らがそこまで高度な倫理観を備えていると……」
納得がいかない吸血姫が疑問を浮かべて小首を傾げる。
「あぁ、狭い場所で暮らす人数の割に治安は良いから下手に揉め事を起こすのは厳禁だ。今回は向こうの世界を見聞する事に注力して欲しい」
続けて一通りの事を伝えた後、スカーレットに近付いて額を合わせた。
「あぅ……」
「暫く、じっとしていてくれ」
仕上げとして、彼女の頭脳に俺の日本語知識と一般的な常識を精神干渉の魔法で送り込む。触れ合った部分が妙に熱っぽい気もするが、魔族は滅多な事では風邪をひかないし、大丈夫だろう。
「では、行くとするか…… 彼方を此方にッ、転移方陣!」
翳した手の先に生じた黒い靄の向こう側、ぼんやりと路地裏の景色が見えてくる。そこへ真っ先にヴィレダが飛び込んで行こうとしたので、その首根っこを捕まえた。
コイツを連れて行くと必ず揉め事を起こす確信がある。というか、何故さり気なく自然に行こうとしているんだ。
「ヴィレダは取り敢えず、留守番な」
「うぐぅ」
不服な表情をするヴィレダをその場に残して転移門をくぐり、最初は建物の合間にある人通りのない路地裏に出てから、スカーレットを伴って大通りへと向かう。
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