猛牛、災難に遭う
魔物の暴走より、少し前の地下13階層にて……
「気が進まないけど、手段は選べないわね……彼らが地上に出る事になれば、近隣の都市への影響が大きいですから」
“遍在”の魔女ディアナがため息を吐く。
地下20階層の城塞区画での敗北の後、シュタルティア王国軍は最終的に地下10階層まで後退した。撤退時の混乱と指揮の低下が収まらない中で、ミノタウロス兵と人狼兵を中心とした魔族の再侵攻があったためだ。
なお、ダンジョンの構造的に地下20階層までは5階層刻みにセーフティエリアが設けられており、“魔物の渦”なども存在しない。
本来は、魔族側が上層を抜ける際の休憩場所や部隊を展開する防衛拠点として設けられているのだが……その安全地帯を利用する形で王国軍は地下10階層に留まっている。
そして、地下13階層にはディアナと斥候兵の小隊のみが降りてきていた。
この階層には巨大な闘技場区画があり、その四方に“魔物の渦”が配置されている。
闘技場の“魔物の渦”は他よりも高い頻度で魔物が呼び込まれるため、中堅の冒険者達に人気のスポットだ。中にはこの闘技場にキャンプを張って、暫く滞在しつつ狩りを行う猛者もいるという……
その中央に小隊の兵士2名が何やら異臭を放つ黒い液体の入った大鍋を運んでくる。
「ぐッ……す、すごい臭いだな」
「魔物ってのは、コレのどこに魅かれるのかね……」
「すごく美味しそうな匂いに感じるとか?」
「……いや、無理があるだろ。それに集まってくるだけじゃなくて正気を失うわけだから、むしろ質の悪い薬みたいなものじゃないか」
彼らは大鍋を地面に設置し、そそくさと去っていく。
その中身は魔物を呼び寄せて暴走させる禁忌の薬物であり、効力は数日間に及ぶと言われる。
「魔女殿、此方の準備は整いました……そちらは如何ですか?」
斥候小隊の隊長の問いかけに、ディアナは精神の集中を解く。
「えぇ、私も“魔物の渦”の制限解除ができました……ここに留まるのは危険でしょうから、皆のところに戻るとしましょうか」
「そうですな、もうここに用はありません。皆、撤退だッ!」
一つ上の階層である地下12階層には分隊規模の魔術師達が控えており、斥候小隊とディアナが上がってきた階段を土魔法による土塊で塞ぎ固めた……
そして、誰もいなくなった闘技場に“魔物の渦”が繋がる土地から、大鍋より発する匂いに誘引されて魔物達が徐々に増えていく。
その魔物達は一様に興奮状態にあり、魔族であっても制御できる状態ではない。さらに、“魔物の渦”の制限を受けてダンジョンに来る事ができないはずの強い魔物の姿もある。
暫しの後、地下13階層に惹き込まれた魔物達は下層へと移動を始めた。地下14階層に上がったばかりの、ダロス達の侵攻部隊はその矢面に立つ事になる……
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