天狼、一撃をくらう
「手加減してあげるよ、すぐに終わるとあたしもつまらないからね」
と、彼女は言った。
そして、事実、手加減されているのだろう。
「くッ!!」
目で天狼の動きを追う事ができない。
ただ、その拳はそこまでの力が籠められておらず、何度も体に受けているが、まだ立っている事ができた……今も脇腹に打撃が叩き込まれ、衝撃が抜ける。
「くはッ!」
苦し紛れに片手を剣から離して裏拳で相手の顔面を狙うも、余裕を以って躱される。
距離ができたので、再度剣を構えて向き会う。
私だって隠し玉くらい持っているッ!
「穿て、魔弾よッ!」
その場で右手を突き出し、ここまで一度も使わなかった攻撃魔法を放つ。
この訓練場に張られた魔王殿の結界のため、威力は一定以下に抑制されているが、その速度に違いはなく、真っ直ぐに飛んでいく。
「ちッ!」
ヴィレダは少し顔を顰めると過剰なほど大きく飛び退く。
「うぅ~、嫌な事を思い出させてくれるね……」
イルゼはあずかり知らないが、以前に彼女は魔王の炸裂する魔弾(散弾)により敗北を喫している。そのため、過剰に回避行動を取ってしまったのだ。
当然、イルゼの魔弾は通常のもので、誰もいなくなった空間を飛び抜けて訓練場の壁に当たり、弾けて消える。
「せぁッ!」
ヴィレダが再び、縦横に跳ねまわりイルゼの死角から蹴りを放つ。
「うぁッ!」
彼女のローキックが当たり、体勢が崩れた上半身に鎧越しでも衝撃が抜ける掌底の一撃がくる。
「くぅうッ!」
「ッ、お嬢様ぁ!!」
マリの叫びが聞こえるけれども、それどころではない。
「これで、終わりだよッ!」
ヴィレダが引き絞られた弓矢のように身を屈めて脚に力を籠め、その手甲にかぎ爪を伸ばす、その爪の間には炎が灯っていた。
「うぁああッ!」
たとえ敵わなくても、せめて最後の一撃くらいはしっかりと視界に留めようと気力を振り絞る。イルゼ自身は気づいていないが、その時、彼女の碧眼に薄く魔力光が灯るのだった……
「ぐッ、くぅうッ……」
「がッ!」
何、痛いんだけど?
表情には出さずにヴィレダは驚く。
直線的に突っ込むと見せて、一度横に飛び、斜め方向から繰り出した拳撃にイルゼはカウンターで応じてみせた。初めてしっかりと反応して、剣の柄を前に押し出すという手短な動作でヴィレダの額を打ったのだ。
その額からは血が流れる。
ただ、ヴィレダのかぎ爪“獄炎”は手加減しているもののイルゼの脇腹に刺さり、その肌を炎で焼いていた。
その為、イルゼは膝を突き、脇腹を押さえて立ち上がる事が出来なくなっている。
「そこまでだな、ヴィレダの勝ちだ」
俺は二人の側に歩いていき、傷を押さえて跪くイルゼ嬢の頭と、血を流すヴィレダの額に掌を当てる。
「全てを癒す慈悲の光を……ヒーリング」
「ッ、ありがとう御座います、魔王殿」
「ん、イチロー、ありがとう」
手当の礼を言いつつもヴィレダが首を捻って考え込んでいると、スカーレットとマリも近くに寄ってきた。
「ヴィレダ、最後のアレは恐らく何らかの概念ですわ」
「うぅ~、そんなのがあるって知ってたら、もっと警戒してたよ。次は同じ手は食らわないッ」
「……訓練でなければ次などありませんわ、いつも用心しましょうね」
その中でイルゼは呟く。
「私にも概念装が?」
「……まぁ、何の概念かと使い方は追々確認するといい。ところで、ヴィレダ、イルゼの事は認められそうか?」
「う~ッ、一撃もらったし……認めない事もないよッ」
何故か額に一撃をもらいデレるツンデレ娘。
こうして、少しだけイルゼ嬢とヴィレダの距離は近づく事になった。
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