天狼、頼まれ事を拒否る
取りあえずは、コレをイルゼ嬢に返却しよう。
と、思って彼女達の家へと歩いていく。
その家は厳密に言えば俺の居住区画に建っている。
「マ、マリ!?」
「んッ~、む~、うッう~!(お嬢様!)」
簀巻き + 猿轡の状態で俺に担がれる自身の侍従を見てイルゼが狼狽する。
「な、何かマリが粗相でもしたのでしょうかッ!」
「いや、地下45階層で拾ってきた、返すぞ」
取りあえず、地面に降ろして猿轡だけでも取ってやる。
「ぷはっ、お、お嬢様、此処の治安は恐ろしく悪いですッ!ちょっと買い物に出かけたはずが拉致誘拐されましたッ!あり得ないのです!!」
すっとイルゼ嬢の碧眼が細められる。
美人さんに睨まれると怖いものがあるな……
「……私達が投降すれば、安全は保障されるのではなかったのですか?」
「約束は違えない。が、此方も予測できない事が起きる場合もある。一応、イルゼ達がこの最下層から出る時は人狼兵が付くように手配しておこう」
「……宜しくお願いしますね」
とは、言ったものの問題が起きた。
「そのお願いは聞けないよ、イチロー」
「何故だ?」
「あたしはあの人間を認めていない、そんな奴のために同族をあてがう事はできないッ!」
ちらりと、謁見の間の玉座の側に控えるスカーレットを見る。
「無理ですわ、おじ様。こうなったヴィレダを説得する方法はアレしかありませんわ」
「……こんなところまで、マルコにそっくりだな」
ヴィレダの亡き父親マルコシアスは自分が納得できない時、必ず最後は殴り合いで決めていた事を思い出す。
呆れつつも口元が緩んでしまう。
「スカレ、準備を頼む」
「宜しいのですか?イルゼはそれなりにできるようですけど、無理がありますわよ?」
「構わんよ、人狼族とのコミュニケーションはあれが一番手っ取り早い」
「……仰せのままに」
すっと、身を引いてスカーレットが退出する。
「ヴィレダ、一度やり合ってみるか?イルゼと」
「いいの!?」
天狼の少女は嬉しそうにそのモフモフのしっぽを左右に振るのだった。
……………
………
…
「ふッ!!」
イルゼは短く呼気を吐き、気合を入れる。
何だか、今の状況が未だに信じられない。
地下20階層の城塞で殿になり、敵中に取り残された時は死を覚悟したけれど……
そこで、あろう事か降伏を勧められた。
しかも、魔王直々に。
ダンジョン地下に住居を与えられてまだ間もないが、そこで見た光景は地上に暮らす人々とさほど変わらない。寧ろ、蒸気機関や鍛冶・錬金の技術などは人よりも先進的ですらある。
その上、数は少ないけれど、魔族は生物としての基本構造も人間より優れている……確かに、シュタルティア王国から見れば、彼らは脅威以外の何物でも無いのだろう。
少し、逸れかけた思考の軌道を修正する。
私はこれから天狼の少女ヴィレダと訓練場で戦う事になっている。
彼女は天狼マルコシアスの娘だという。
昔、母様に読んでもらった300年前の英雄譚を思い出す。
その中に魔王の右腕として、天狼マルコシアスの名があった。
幼い頃、英雄に憧れたものとして、少し心に躍るものがある。
そんな気持ちを抱いて私は訓練場へ一歩を踏み出すのだった。
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