魔王、天狼の少女と戯れる
長寿の魔族の身体は成長がある時期から極端に遅くなり、外見が変わりにくくなる。そして精神もゆっくりと成長していく。精神の成長が早いと身体より先に心が死ぬからだが、以上の事を鑑みれば少女と称しても構わないだろう。
その少女がおもむろに跪いて首を垂れる。
「お初にお目にかかります。天狼マルコシアスの娘、ヴィレダに御座います」
マルコの娘? あのよく涎を垂らしていた3歳児か? いや、獣人系の子供は抱っこすると舐められまくって涎まみれになるのは当たり前だが……。
「面を上げてくれ、親友の娘の顔を見たい」
「はっ」
挑むような眼光がマルコシアスを思い出させ、懐かしくて泣きそうになる。あいつは魔王城の戦いの際に勇者一行の神官を潰しに突貫して、その前に立ちはだかった戦士と神官を道連れに逝ってしまった。
この感じだと、直情的な性格も受け継がれていそうだな。
「…… 大体の用件は察しているが、許可しない」
それを聞いたヴィレダが俺を睨みつけてくるが、その目つきも懐かしい。
「何故ですか! 兄が討たれたんですよッ、あたしが仇を取らないでどうするんです! 今すぐに地下30階層の奪還を命じてくださいッ、必ず期待に応えてみせます!」
「勿論、仇は取らせてやる。だが、少し待て」
「待つことに何の意味があるのでしょうか?」
鋭く挑むような視線を受け止めて、静かに応える。
「ヴィレダの配下は人狼族と眷族のコボルトだろう、お前達にぴったりのものがある。それを調達するまでは守りに徹してくれないか?」
「………… ご随意に(腑抜けがッ!)」
一度、頭を下げた後、彼女は踵を返して部屋を出る。その背には怒りが隠し切れず、閉まる扉の音はバンッと大きく響いた。
「スカレ、あれが無茶をしないように注意してくれ。マルコの娘ならきっと無断で出撃するはずだろうからな」
「分かりました、彼女の正式な人狼族長の就任を遅らせて、その間はおじ様が預かるように手配いたしましょう」
暫時、瞑目して昔を思い出せば、それでは止まらないだろう事に思い至る。
初めて会った頃のマルコシアスは兎に角、勝手な独断専行が多かった、戒めても聞きやしないので最後は殴り合いになった。天狼や人狼は力を重視する戦士の部族だから、それが一番手っ取り早いという事だ。
「ヴィレダと一戦交えるか……」
「おじ様とマルコシアス様の話はお父様から聞いた事がありますわ、場を用意いたしましょう」
「すまないが俺の事は一郎と呼んでくれ、おじ様はむず痒い」
「はい、ではイチロー様、失礼しますね」
……………
………
…
スカーレットが退室して暫くの後、俺は最下層より一つ上の階にある兵士達の訓練場で不敵な笑みを浮かべたヴィレダと向かい合う。
「…… いいんですか、寝起きだからと言い訳は立ちませんよ?」
「構わない、受けて立とう」
此方を煽る彼女は両手にかぎ爪付きの手甲を装備している。微妙に見覚えがあるその武器はメイアにマルコシアスがプロポーズの際に贈った“獄炎”だ、あいつは馬鹿だからな…… よくOKしたものだな。
かつての事を思い出しながらも先程の言葉を受け流せば、ヴィレダが姿勢を低くして弾丸のように突進してくる。
「しゃッ!」
鋭いかぎ爪から真っ赤な炎を走らせて迫る彼女の右拳に対し、俺は左のショートアッパーを当てて打ち上げた。少し、肌が焼けてしまったが問題は無い。
初撃を防がれた彼女は身体を捻り、左拳を突き出して此方の脇腹を狙ってくるが、それを半身で躱して、カウンターの膝蹴りを鳩尾に喰らわせる。
「きゃんッ!」
咄嗟に自ら飛び退って威力を減じさせた彼女だが、可愛らしい悲鳴を上げて転がっていく。それでも立ち上がり、素早く飛び回って此方を狙ってくる天狼の娘に腕を突き出し、掌中に黒い魔力光を収束させた。
「はッ、魔弾なんて当たらなければどうって事ないよッ!」
「だろうな」
呟いた言葉と共に俺は魔弾を放つ、それを彼女が身軽なサイドステップで躱した刹那、真横で魔力の塊が弾ける。
俗に言う“散弾”は素早い獣を仕留めるのに適しており、黒色火薬はあれども銃器が無いこの世界で育った彼女が知る由も無いものだ。
「かはッ!?」
ヴィレダの脇腹に複数の小さな魔弾か突き刺さり、動きが止まった隙を狙って追撃の拳を撃ち込む。
「ひゃッ!」
彼女は思わず目を瞑るが、俺は途中で拳を開いてケモ耳のある頭を撫でた。
「“お初にお目にかかる”じゃないぞ! 大きくなったな、3歳児!」
そのまま脇腹に手を当てて、治癒魔法で先程の負傷を癒やす。
「む~、う~ッ」
自身の今の状況を察したヴィレダは不服そうに唸った。
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