魔王、悪役令嬢(予定)を拾う
そして、此処に撤退に取り残された者達がいる。
遍在の魔女ディアナが自身の直感に従い用意していた撤退のプランを選択した際、殿となって人狼突撃兵を食い止めていた小隊の残党である。
その者達は混戦の中で所属する本隊とはぐれてしまったのだ。
彼らは今、城塞内部のとある一室に隠れていた。
「最後まで生き足掻いて、できれば騎士らしく戦いの末に果てたいのですが……ままなりませんか」
この分隊を指揮するのは戦場にそぐわない金髪碧眼の若い女性である。
彼女は自身の侍従であり、護衛も兼ねる少し年下の少女に尋ねた。
「イルゼお嬢様、もし死ぬ事ができずに捕らわれた場合、相手が人でも魔族でも女性は悲惨な目に遭うと聞きます。ご安心ください、一人では逝かせません……私も御供します」
イルゼの従者であるマリはその手に自決用の毒薬の入った小瓶を持っている。そして、その周囲を彼女の家に仕える兵卒4名が固めている。
どうやらそれなりの身分のようであるが、何故このような前線に配置されていたのだろうか?まぁ、相応の理由が彼女達にもあるのだろう。
「けれど、病に臥せっているお父様が心残りです……私が地下ダンジョンで落命したと聞けば、症状が悪い方に転ぶかもしれません」
そんな彼女たちに従卒兵の一人が話しかける。
「マリ、最悪を考えるのはもう少し後にしたらどうだ?もう少し足掻いてみないか、少なくとも俺達がくたばるまではな……」
勤めて陽気にその従卒兵の青年、ジャンはおどけてみせる。
「……貴方達の忠義に感謝します。では、最後まで足掻くとしましょうか」
こうして彼らは隠れていた部屋から抜け出して地上を目指すのだったが、それは今や魔族が闊歩する城塞内部では無理な話で、やがて徐々に追い詰められる事になる……
「ぐはぁッ!」
「ジャンッ!」
マリを庇って、従卒兵の青年が魔人の太刀を受けてしまう。彼の黒鉄の剣では魔人が持つ見慣れない形状をしたミスリルの剣には叶わず、数合の打ち合いの末に折れてしまっていた。
魔族達に発見された後、城塞の士官室の一つに立て籠もって何とか凌いでいたものの、もはや限界は近い。奇跡的に6名全員がまだ命を繋いでいるが、もうまともに戦える状況ではなかった。
イルゼの脳裏にいよいよ自決が過った頃合いで、その者はふらっと現れたのだった……
何やら騒ぎを聞きつけて、俺は魔人のグレイドと共に士官室が並ぶ区画に足を踏み入れる。そこの一室では、何やら思い詰めた顔をした連中が傷だらけで立て籠もっていた。
「…… 状況を説明してくれるか?」
その部屋の前に陣取る魔人たちに声をかける。
「はッ、魔王様、シュタルティア王国軍の残党を城塞内部で発見しましたので、追い詰めております」
「……魔王?」
部屋の中から、声が聞こえて若い女騎士の碧眼と視線が合う、その表情には若干の怯えと悲壮な決意が見える。
…… 先程も無駄な犠牲を出す意味が無いと思っていたところだ。無意味な悲劇をばら撒いて何になるというのか? 不毛だな……
俺はその連中に降伏を勧める事にした。
これが今よりもっと後になるが、裏切りの騎士令嬢などと呼ばれるイルゼの第一歩となるのだった。
本人は至って真面目な人物なのだが……
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