天狼、追撃を諦めて戦いを終わらせる
さて? 俺が何もしない間に勝負は決したように見える。
現状では城塞の入り口に聖女とやらを含む複数の魔術師が結界を張り、ヴィレダ達を何とか防いでいる状態だ。
俺はそこかしこに倒れる人間達や数は少ないが魔族兵の姿を見て、内心で心を痛める。もともと、人間生活も長かったからな…… そろそろ、此処で無駄な犠牲を出す意味が無くなってきている。
そもそも、戦術とは“仕掛け”及び“仕上げ”の組み合わせだ。
その意味では通常、戦闘は防御陣形から始まる。
何故なら相手の“仕掛け”が読めないからだ。
その互いの仕掛け合いの末に勝敗はほぼ決まる。後は仕上げが残るのみだが、それは凄惨なモノになる事が多い……
この地下20階層の戦いで言えば、先に仕掛けてきた王国軍の転移ゲート攻撃を凌ぎ、此方の反撃と自走式爆弾“雷霆”の仕掛けが決まった時点で大きく勝利の天秤は此方に傾いている。
そして、油断はできないが今や勝敗は決したように思える。
できれば早く諦めて撤退してほしいものだ。
そんな事を考えていると、隣に“ばさり”と羽音をさせてスカーレットが降り立つ。
「おじ様、城壁の制圧を終了しました。既に大勢は此方に在ると見ますわ」
「やはり、スカレからもそう見えるか……」
「はい、もう純粋な兵数でも此方が上回っておりますから……それと、反対側の地下19階層に通じる城門付近に撤退の動きがあります。どういたしましょうか?」
スカーレットは可愛らしく首を傾げる。
「好きにさせておけ、窮鼠猫を噛むともいうしな……」
「はい、分かりましたわ」
城塞の入り口数か所で、今現在もミノタウロス兵と人狼兵の侵入を食い止めるために、シュタルティア王国軍の盾兵とクロスボウ兵が持ち運んだ樽や荷物などのバリケード越しに射撃を行っている。その補助として魔術師たちが結界を展開していた。
そこに城塞内部から駆けこんでくる者がある。
「ディアナ様からの伝令だッ!後退の準備が整った。撤退を始めるぞッ!」
「おぉッ!」
その場にいる王国兵は一様に安堵の表情を浮かべる。
彼らもこんな地下ダンジョンで死にたくはないのだろう。
しかし、背を向けて逃げ出す事も出来ない。
彼らは侵入してくる敵を食い止めながら撤退を開始していく。
そして、それを人狼達が追い立てていった。
「ッ、此処までだね……」
ヴィレダは城塞を抜ける手前で追撃の手を止める。
彼女が聖女ミリアの“緩衝”結界に手間取っている間に、王国兵達の残党300名足らずが城塞から脱出し、草原にて隊列を整え、後退を始めている。
いくら彼女でもそこに手勢の人狼兵だけで突撃する事は出来ない。
何より、彼女は同族の命を預かっており、その重みも十分に知っている。それに、突出している自分たちを呼び戻すための伝令役の吸血鬼も送られてきたところだ。
シュタルティア王国軍の撤退を以って、地下20階層での戦闘は終了した。
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