魔王、そろそろ次の進軍を考える
「魔王様、ブレーキを掛けた状態で徐々に導管に魔力を流して、魔石を赤熱させてください。で、ボイラーの暖気が済んだら、徐々にブレーキを緩めていくのです」
言われた通りに魔力を調整しながら、オリハルコン製の導管に流して蒸気エンジンの暖気を行い、徐々にブレーキを緩めると徐々にタイヤが回転して進み出す。
「あと、速度の調整は加減弁でしかできませんので、注意してくださぁ~いッ!」
蒸気バイクは風を切って加速し、後方からエルミアの声が聞こえてくる。ふと上空から羽音がするので見上げれば、スカーレットが飛翔して付いてきていた。
「結構な速度が出ますわね、イチロー様」
「あぁ、後期型の蒸気自動車は時速200キロメートル前後を記録したからな」
“鉄郎”の小型蒸気エンジンは軽快なピストンを繰り返し、ギアやゴムベルトを挟んで後輪を小気味良く回転させている。
そのまま暫く基本的な動作を検証しつつも鉱山区域の荒地を走り、軽く周回してエルミアの下へ戻って行く。
「ふっふ~、乗り心地はどーですか?」
「あぁ、感覚上では問題は無いが……」
蒸気バイクを停車させて開放弁を開き、溜まった蒸気を抜いた頃合いで羽音を響かせたスカーレットが隣に降り立ち、各部を注視する青銅のエルフ娘を見遣った。
「えっと、水の蒸発量は許容範囲内ですし…… 他に問題はなさそうです♪」
「でも、イチロー様…… これがダンジョン内で普及すると狭い所も多いですから、危ないのでは?」
などと真顔で言いながら、さり気なくスカーレットが俺の側に寄り添う。あれから日々の距離感が物理的に近くなっており、油断しているとたまに吸血されるのだ、カプッと。
ともあれ、その発言には一理あるので黙考した後、蒸気機関付の乗り物に対して急ぎ実用化する必要性は無いと判断を下す。
「エルミア、すまないが“鉄郎”はダンジョン内では使用禁止だ」
「はぁ!? マヂですか?」
彼女はその場で身を投げ出して四つん這いになってしまう。可哀そうな気もするが、ヴィレダ率いる人狼達がヒャッハー! と運転すれば、誰かが酷い目に遭いそうだ。
「代わりに、暫く工房区画で物資運搬用に出力を押さえた蒸気エンジン搭載の乗り物を活用できないか、リゼに考えてもらおう。折角、作ってくれたわけだからな」
「…… うぅッ、わかりましたです」
「ダンジョン内を掌握して地上に出れば、活躍する場も多いだろう」
「早く地上まで奪い返しましょうッ、魔王様!」
やけっぱちになったエルミアが気勢を吐くも、惑星ルーナ初の機械的乗り物“鉄郎”は第三工房区画の一室で暫く眠る事になる。
蒸気エンジン式の乗り物を開発する許可は出したが、当初の計画には無いもので…… 寧ろ、彼女の熱意に押されて始まったものだ。
それだけに項垂れている姿を見て、自由に蒸気バイクを走らせる事が可能な地上へ向け、さらに進攻していく決意を固める。折しも、AZ-47の銃弾の補充と人狼仕様のガンランスが中央工房から前線へ送られている筈だ。
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