魔王、逃げ損ねる
このダンジョンにおける一等地とは中央部の吹き抜けの外縁である。
そもそも、ダンジョン全階層の中央部にある巨大な吹き抜けの淵には特殊なクリスタルが埋め込まれている。それが天からの光を集めて増幅し、各所に埋め込まれた無数のクリスタルに光を中継して、地上ほどではないがダンジョンの大部分を明るく照らすのだ。
従ってその構造上、中央部の吹き抜けの外縁部は自然な光に溢れており、そこには各種族で有力な者が居を構えている。
勿論、スカーレットの屋敷も例外ではない。部屋の中央部に向けて窓が設けられており、そこからは朝の清々しい光が差し込んでいた。
「………… 朝か」
眩しさに目を覚まして隣を見ると、スヤスヤと眠るスカーレットの美しい金色の髪が窓からの光を浴びて微かに輝いてみえる。それを軽く撫ぜてから、彼女を起こさないようにゆっくりと身を起こして衣服を整えた。
そして、そっと寝室を後にしたのだが……。
「おや、お帰りですか? イチロー様」
背後からゼルギウスに声を掛けられて思わずビクついてしまう。そう、俺には後ろめたさがあったのだ…… だって、ブラドの娘なんだぜ?
「あぁ、少し用事があるのでな……」
「ふむ、朝食の下準備は済ましておりますので、食べてはいかれませんか? お嬢様もお喜びになります。先ずは湯浴みでもしてきては如何でしょう」
…… どうやら俺は逃げ損ねたようだ。
仕方なく湯浴みをしてさっぱりした後、スカーレットの寝室と続きになっている彼女の私室でゼルギウスが淹れてくれた珈琲を啜る。
これもイリアが地球で買ってきたもののようであり、本来ならばこの大陸に珈琲豆と類似するものは存在しない。
最近は彼女が買ってくる嗜好品が吸血鬼達の間で噂になっている事を思い出しつつ、一息ついていると寝室からスカーレットが出てきた。
「おはようございます」
「おはよう、スカレ」
何気に視線が合うと、照れ気味に逸らされてしまった……。
「ッ、湯浴みに行ってまいりますね」
そそくさと部屋から去り、さっぱりして戻ってきた彼女とゼルギウスの作ったトーストにサラダ、目玉焼きという非常にスタンダードな朝食をいただく。
「ところでイチロー様、本日のご予定は?」
「あ~、特には決めてないが…… 訓練施設で工房から上がってきた武装の試験があるとヴィレダが言っていたな」
確かミノタウロス族が使う前提で単発式の鉄砲が付いた重槍、所謂ガンランスというやつだったか? それの試射に付き合うつもりだ。
一発しか打てないが、火薬の量を多くして弾丸の直径を大きくしたとか、ミノタウロス達なら反動はあまり問題にならないのかもな。
まぁ、実際の所は蓋を開けてみないと分からないが…… などと考えながらも、聞かれた手前、相手の予定も聞き返しておく。
「スカレは各階層や工房からの報告書の確認か?」
「それもありますけど、イリアとの打ち合わせですね…… 確か、今日の午後にはゲートを開くのですよね?」
「あぁ、そのつもりだ。向こう側での拠点は早くほしいからな…… スカレ、そこに青銅のエルフを4名ほど送るつもりだが、護衛に魔人から1名を付けたい。イリアと相談して決めてくれ」
「そうですね、外見が人と変わらない魔人であれば、向こうでも動きやすいでしょう」
二つ返事で了承をくれたスカーレットと暫し他愛の無い会話を幾つか交わした後、俺は彼女に見送られて屋敷を辞した。
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