お狐様、天然痘の歴史を学ぶ
「では、テラ大陸での歴史を交えつつ、ノースグランツ領近郊の事例について説明していきましょう」
吸血種の女医曰く、“幼い頃に牛痘を患ったので、天然痘にはかかりません” という村娘の一言から、地球に於ける痘瘡のワクチンができたのだと。
その開発者である免疫学の父エドワード・ジェンナーが暮らしていた英国の酪農地帯では、古くから牛の皮膚に多数の水疱を生じさせる伝染病が流行っており、乳搾りの際に人々へ感染して似たような発疹を引き起こしていた。
なお、この “牛痘” は三週間もすれば瘡蓋になって剥がれるため、殆どの場合で深刻な病状に至らず、完治後は同系で致死性の高い “天然痘” に罹患しなくなる。
それを酪農に携わる者達は経験則から理解していたようだ。
「偶々、村娘の発言を聞いたジェンナー氏は牛痘の中に天然痘を阻害する成分があると考え、長らく人類を苦しめた伝染病への対抗策を得るのですけど……」
「他人の子供を使って、人体実験とかしてたのです」
「それは… 余り、褒められた行為ではありませんね」
さらりと青肌エルフ娘の助手が継ぎ足した言葉を受け、狐耳を伏せたリウが形の良い眉を顰めるも、防疫の効果を調べる為には致し方ない。
(最低限の臨床試験は必要だからな)
領民の反発を買わないよう、独立勢力に属する町村で痘瘡流行の兆しがある場所を選び、現実的に感染リスクのある者達の協力を仰ぐのが賢明だろう。
大変なように思えて、不安を煽れば簡単なのかもしれないと… 少々、黒いことを考えていたら、一時的に沙織の話が途切れたのを見計らって狐娘が軽く挙手した。
「ここまでの流れから察すると、私達の世界でも牛に類する動物の水疱から採取した中身が有効という事ですか?」
「いえ、発想は同じなのですが、こっちだと “コボルト” ですね」
「確かに言われてみると、痘瘡で死んだ個体は見たことが無い」
少々、意固地になって自身の記憶を漁ったものの、本当に心当たりは出てこない。思わず唸った俺を見遣り、得意げな青肌エルフの娘が語り出す。
「色んな種族に聞いて廻ったら、割と簡単に特定できたのです♪」
「目星を付けた後、仔ボルトから採取した水疱液を使った培養実験も行って、痘瘡ウィルスの増殖が抑えられる現象まで確認しています、魔王様」
“残るは治験ですけど、どうしましょう” と沙織が小首を傾げてきたので、慎重を期すように伝えて、ひとまずの視察を終えた。
そう遠くない将来、此方でも天然痘の近縁種は駆逐されていくだろう。
短編と中編の間くらいで全12話読み切りの【蒸気機関都市の没落令嬢】を書きました(*'▽')
珍しく女性主人公かつスチームパンク、所々にクトルゥフ神話も挟んだ恋愛系というカオスな逸品ですけど、順次更新してるので宜しければ読んでやってください。
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