お狐様、ポックス型ウイルスの脅威を知る
「これが微生物… 丸っこくて、うぞうぞと気持ち悪いですね」
「ん~、大抵のポックス型ウイルスは表面突起付きの卵形なのです。“えんべろーぷ” の膜に覆われた中に側体と、二本鎖DNAの遺伝子を含んだ核が入ってます」
卓上に置かれた顕微鏡写真を青肌エルフの娘が指差して、ぴこぴこと笹穂耳を動かしつつも、狐娘のリウに上機嫌で蘊蓄を語る。
時折、白衣姿の沙織をチラ見しているのは発言が間違っていないかの確認だろう。自種族を学問の徒と謳っている手前、青銅のエルフ達は知識的な誤謬を極端に恥じらう傾向があったはずだ。
過去にリーゼロッテが盛大な勘違いをやらかした時、羞恥のあまり俺の記憶ごと黒歴史を葬り去るべく、怪しげな薬でひと騒ぎ起こしたのを思い出す。
その間にも難解な専門用語を一方的に並べ立てられた妖狐族の薬師は面喰い、“狐に摘ままれた” ような表情で惚けていた。
「そもそも、どんな症状を引き起こす病原体なのですか?」
ざっくりとした視点で捉え直して、話題となっているウイルスの概要を理解しようとしたリウに今度は沙織が応える。
「初期に倦怠感を伴う急激な発熱や頭痛を生じさせ、解熱後は全身に発疹が出て酷い水痘となります。既にテラ大陸では撲滅された天然痘の近縁種ですね」
「え゛、それって…… 痘瘡病?」
人族の致死率30%前後、魔族の致死率5~6%に及び、恢復しても結構な瘡痕を肌に残すため、年頃の娘達が忌避する感染症だと知らされた狐娘は引くも… 透かさず、助手を務める青肌エルフの娘が宥めた。
「この実験室はBSL4に近い管理をしてるので、とち狂ってマスクを外したり、事前講習で注意された危険な行動を取ったりしなければ大丈夫なのです」
「HEAPフィルター、グローブ型の生物学的安全キャビネット、高圧蒸気滅菌器とか、トウドウの尽力が無ければ揃えられませんでしたから、何か褒美を上げないといけませんね、魔王様」
あざとい吸血令嬢が露骨に呟きながら緋色の瞳を向けてきたので、相談されていた藤堂氏の一族を麾下として抱え込む件につき、この場で可否を判断する。
「先日の話、イリアの好きにして構わない」
「では、改めて役立ちそうな者を選別します」
「なんかもう、皆で吸血種になったら、医者いらずな気がする」
ぼそりと自身も高い免疫力を持つ沙織は愚痴るが、人族の眷属化を大々的にやったら侵略と変わらないし、凄まじい抵抗に遭うのは避けられない。
それを踏まえた医療の必要性など伝えると得心して頷き、痘瘡の防疫研究に係る進捗を話し始めてくれた。
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何気にブクマ6000件も見えてきました。




