お狐様、ミクロやナノの世界に興味を持つ
俄かに意気消沈した沙織はさておき、やや放置気味になっていた狐娘のリウと向き合えば、何やら琥珀色の瞳に興味を宿らせて一点を見つめている。
その先にあるのは合同会社 “Iria” の利益で購入した最大6万倍の分解能を誇る卓上電子顕微鏡であり、撮影用フィルム及び接続用PCなど含めて凡そ600人もの諭吉さんが飛んで行った代物だ。
「あれがミツキ殿の言っていた不可視のモノを転写する鉄箱ですね、魔王様」
「然ほど面白い物では無いぞ?」
「とんでもないです。これまで観測できなかった微細なもの… 細菌やウイルス? が目視できて、しかも数ある疫病の原因というなら、妖狐族の薬師としては無視できません」
ただでさえモフモフな尻尾を膨らませた狐娘の興奮度合いから察するに、肉眼で捉えられない微細な存在が世界中に満ちており、体内に入り込むことで病気を引き起こすという概念は非常に斬新なのだろう。
省みると地球の歴史に於いても、1674年にレーウェンフックが湖で採取した水から微生物を発見して以降、炭疽菌を研究していたドイツ人医師のコッホが1876年に病原体であると気づくまで約200年も掛かっている。
一度、紐づけが行われると研究が進み、結核菌やコレラ菌などの有害性も証明されて医療分野は更なる発展を迎えていく訳だが……
「確かに言われてみると、微生物分野への進出は大きな技術的転換点だな」
「えぇ、私達の世代では到底に辿り着けない事実の一端に触れられるのです、興奮しない訳がないでしょう!」
きゅっと両拳を握りしめて意気込むリウに学徒の親近感を覚えたのか、助手役の青肌エルフ娘が通電状態の電子顕微鏡に取り付き、興味津々な狐娘に説明しながら試料をセットしてカメラ室にフィルムを入れようとする。
「ふぎゅ!? 痛い、痛い、また耳を摘まむのは止めてください~」
「貴様、その一枚で吉田家の牛丼並盛が喰えると理解しているのか?」
「魔王様の言う通りです、今までに撮影した写真があるでしょう」
赫い瞳を細めたイリアと一緒になって浪費を阻止するも… 此処の責任者である沙織が肩を竦めてから、そっと割り込んできた。
「それ、病人の血液から培養した試料なので無駄にはならないですよ」
「うぅ、やられ損です。森人種の耳を何だと思っているのですか……」
ジト目で睨んできた助手エルフは手際よく準備を済ませて、一辺が60㎝程度と思しいキューブ型の精密機器を作動させる。
無機質な駆動音が静かに響く傍ら、制御用PCの画面で進捗状況を表しているプログレスバーが最後まで完走して、電子線による高精細な顕微鏡写真が焼き上がった。
微生物、1500年頃の顕微鏡登場に伴い、都市伝説風に存在が囁かれ、1674年以降のレーウェンフックの活動で世界が微生物で満ちているという認識が広まります。その200年後、それら細菌などが病を引き起こすとコッホが気付いた訳ですね(*'▽')




