青銅の姫君、パルプ紙製造のために水酸化ナトリウムを錬成する!
結果的に人手が減じてしまい、でんと鎮座している各種装置など見遣ったレドリックが小首を傾げ、一抹の疑問を呈する。
「人狼族の皆様にもう少し手伝って頂いても良かったのでは、エルミア班長?」
「ん~、彼らは化学系の精製物とか大嫌いですからね」
「妾たちは木々の香だけでなく、コークスや硫黄とかの匂いもいけるクチの森林棲種族なのじゃが… それを強要する訳にもいかんじゃろ?」
愛らしい少女の姿をした青肌エルフの族長リーゼロッテが頷き、外見に似合わない古風な言葉遣いで意見を添えてから、小柄な身に纏う白衣を翻して密閉型の溶液槽へ歩み寄った。
その中身は飽和食塩水であり、取り扱い注意な石綿で仕切った両側には黒鉛とニッケルの棒が浸けられている。
双方とも直流電源装置と接続されているため、陽極側の黒鉛棒では漂白剤の原料となる “塩素ガス”、陰極側のニッケル棒ではパルプ繊維の抽出に必要な “水酸化ナトリウム” が生じていた。
「比重で底に溜まる故、陰極下部の排出口よりNaOHを含んだ食塩水が、 逆に陽極上部の通気口からはclが集められるという寸法じゃな♪」
「何か、学校の理科で習った気がしないでも無いね……」
当時、真面目に授業を受けていなかった元ヤンの侯爵令嬢が思案する傍では、目ざとく固形の完成品を見つけたレドリックが年齢不詳な青肌エルフ娘に問い掛ける。
「どうやって結晶化しているんですか、これ?」
「水分を蒸発させた上、沈殿した塩を取り除けば良いぞ、どうやっても少々残るがの。継続的に精製は続けるとして、今回はそれを使うのじゃ」
上機嫌で蘊蓄を語りながら、すちゃっと保護ゴーグルを装着したリーゼロッテは希硫酸と硫化鉄で製造した硫化水素や、メタノールとナトリウムの合成物を用いた硫化水素ナトリウムの溶液槽へ、水酸化ナトリウムを投じていった。
阿吽の呼吸で手伝いだしたエルミアと作業を進め、酸性の水溶液をアルカリ性の塩で中和させながら氷結魔法で冷やせば、相当量の結晶物が精製される。
「テラ大陸では塩化ナトリウムと呼ばれているらしいの、無駄知識の多い魔王が言っておった。これで木片から植物繊維を分離できるのじゃ」
「いよいよですか~、先ずは蒸解釜にウッドチップを全部入れちゃいますね」
「ん… 私も手伝うのです、レド君」
師弟仲良く下準備をする傍ら、リーゼロッテは工場内で銘々に作業していた麾下の眷族達が興味深げな視線を向ける中、ミルダと一緒に小型の蒸解釜と繋がったポンプ付きタンクへ用水路から汲んだ水を入れ、底面に組み込まれた電気式ヒーターで加熱した。
適度な温度になるまで暫し待ち、水酸化及び硫化ナトリウムの二種類を入れた後、同様に連結された蒸気ボイラーの電源もONにする。
蓋を閉じて密閉した釜へ次々と送られる水蒸気で高温高圧の環境を維持しつつ、適宜のポンプ操作にて不純物を溶出させる混合液も注ぎ続けること数時間、下部の栓を抜けば薬液とパルプ繊維が流れてきた。
「結構、重労働ね…… これで完成かしら?」
途中から肉体労働だったこともあって疲れた様子の侯爵令嬢が呟くも、友人であるエルミアが首を振る。
「まだ茶色いので、漂泊しないとです」
「うむ、そのために収集した塩素でカルキも作ってあるのじゃ」
若干、げんなりしたミルダを放置して、好きなことなら余り疲労を感じない青肌エルフ二人が笹穂耳をピコピコさせながら工程を進め、紙の材料となる化学パルプは完成させられていく。
なお、彼女達は此処までが難関だと考えて紙漉を軽視していた節があり、上手くできずに四苦八苦してヨレヨレの紙を大量生産するのだが、途中から職人街の者達も参加して本業ではなくとも真っ当な古紙に再生してくれた。
遅筆ながらも、何とか更新できました(੭ु ›ω‹)੭ु
なんか、書いている内にガチの化学小説と化してましたけど。




