不良令嬢、パルプ紙の独占販売を企む
「概ね、問題なさそうに仕上がっているのです」
「回転部品の精度は効率や耐久性に直結しますので、頑張りました」
少しだけ得意げなレドリックに頷き、エルミアは破砕刃の連なった塊を持ち上げようとするが…… 当然、相応の重量になっているので少々危なっかしい。
「班長、無理せず一緒に運びましょう」
「うぅ、肉体労働は向かないのですぅ」
俄かに落ち込んだ青肌エルフの娘を慰めつつ、助手代わりの少年も加わって木材粉砕機まで持ち運び、予め旋盤側の短い鋼軸に付けられていた連結器具へ端部を嵌め込む。
その部位には刃を強力に把持できる四点締め方式が採用されており、工具箱から専用のハンドルを見繕ったミルダが追従して、先ずは均等に緩りと四爪を締めていった。
「最後はしっかり固定しないと、途中で外れたら惨事だよね……」
「ふむ、迷惑でなければ手伝おうか?」
「物の序でだから遠慮するなよ、嬢ちゃん」
いつの間にか、工場への資材搬入をしていた人狼族らが近くまで来ており、不慣れな蜂蜜色髪の御令嬢に対して、鋭い牙を晒しながら小気味の良い笑顔を向けた。
「では、お言葉に甘えさせて貰いますね♪」
「あぁ、任せてくれ」
猫被りな態度にのせられた彼らは頼まれるまま組立作業も手伝い、半完成品だった機械が組み上がっていく。仕上げにラッパ菅のような投入口を接合してから、エルミアが蒸気機関を稼働させれば少し遅れて粉砕機も連動し始めた。
興味深げな皆の注目を受けた製作者の青肌エルフは作業台まで戻り、コボルトの樵達が皮剥した手頃な間伐材を一本持ってくると、真剣な表情で削り具合を確かめる。
「うぐッ、試作品なので揺れと反動は結構来るのです」
「斜めに角度を変えてみましょう、班長」
「おぉう、確かに効果がありますね… 少しずつ変えた方が良いかも?」
様々な手法を試している間にも木材は限界まで削られ、歩留まりをレドリックに手渡した彼女の視線が下部より排出されたウッドチップへ移る。
引っ張り出された受け箱には約20㎜前後の木片が入っており、パルプ紙の原材料として丁度良いサイズに加工できていた。
「ん、これで紙が作れる。そして約束通り、対外的な売り込みの独占権は侯爵家に……」
若干、悪い顔をしているミルダが身内へ独立勢力に加わるよう勧めた折、魔王の支援を取り付けて説得材料にしたのが近隣諸国では初となる製紙工場の誘致及び、大量生産も可能なパルプ紙の独占販売権である。
此方の世界でも、古代よりパピルスや紙のようなものは存在しているのだが…… 低品質で劣化しやすく、遠方からの輸入品であるため、輸送コストの上乗せで羊皮紙よりも高い。
その羊皮紙も一頭の羊からA4用紙の六枚程度しか作れず、皮製故に何段階かの工程を踏まえる必要があり、テラ大陸にある某国の通貨換算で一枚あたり約4000~5000円の値段となってしまう。
「魔王様が復活してから本と言えば輸入品なので、もはや日本語が不可欠な青銅のエルフ族は気にしてなかったのですけど、随分と儲かりそうなのです」
事業が軌道に乗ったら、研究開発費を支援して貰おうなどとエルミアが算段を立てる傍ら、数本の間伐材が適量のウッドチップに加工されて、隣接する化学工場へ人狼らの手で運ばれていった。
遅筆ながらも更新です(੭ु ›ω‹)੭ु
タラス河畔の戦い(751)で製紙法がイスラム世界に伝わりますけど西洋までは時間が掛かり、イタリアで紙づくりが始まったのは約500年後の1200年代後半だったと記憶してます。
それまで紙は遠方からの輸入品で、品質管理(湿気る)も難しかったため、羊皮紙よりも高級品だったのです。そして普及しないという悲しみ(´;ω;`)




