騎士令嬢、同輩の領主らと珈琲を啜る
紆余曲折あった上でミルダを介した魔族勢との貿易協定が結ばれて数日、憚ることの無い麦角病患者への支援により相応の死者や四肢欠損者を出しながらも、疫病の鎮圧に成功した小都市カルネアの行政庁では王国の主要な領地を治める三者が集っていた。
その一人でホスト役にあたる片眼鏡を掛けた痩躯の侯爵、ロイス・シャウムは上座と下座の区別が無い円卓の斜め向かいに座る金髪碧眼の騎士令嬢を気遣い、少し躊躇いがちに言葉を切り出す。
「父君のジフル殿が身罷られた折、弔意の手紙をリースティア家に送るくらいしかできず、イルゼ嬢には申し訳なかった」
「あの時は私も生死不明でしたから、致し方ないかと… 人の居留守につけ込んで、好き勝手してくれた誰かさんと違って常識の範疇です」
未だ蟠りがあるのか、三白眼のジト目となった彼女はこの場にいるもう一人、ミザリア辺境伯のゲオルグ・ベイグラッドを軽く睨み、非難の矛先を向けた。
されども、立派な顎髭をひと撫ぜした御仁は飄々とした態度で、さらりと心にもない言葉を返す。
「悪かったと思っている。つい、卿が地下ダンジョンで無念の内に落命したと、都合よく誤認してしまったのだ、許せ」
「むぅ、何気に上から目線……」
「ははッ、爵位は同等でも、無駄に年嵩を重ねているからな」
拗ねる年若い御令嬢に相好を崩した初老の領主が呵々と笑い、若干の温度差など感じたロイスが軽く肩を竦めた。
「思ったよりも仲の宜しい事で… それと最早、シュタルティア王国の爵位は大した意味を持たないのでは?」
「然り、陛下は色々と手を尽くしているものの、四大領地のうち三つが魔王殿に唆されて離反している以上、国家の解体は避けられないだろう」
何処か他人事のようなゲオルグの指摘は尤もで、ミルダのお土産である珈琲の牛乳割り(苦いと皆に不評だったので)を啜っていた二人も同意して頷く。
末娘の熱烈な説得をロイスが受け入れて独立勢力に参入した効果もあり、地理的に三領地と無縁ではいられない小領地の離反も促されて、王都擁するヴェルギア領は孤立していた。
洗練された都と周辺都市の公衆衛生設備を維持するための国税が目減りした事に加え、偏在している人口を養う食料も徐々に他領地から融通し難くなっている。
「… 最近は各地で穀物や布類の価格が上昇傾向にあると聞きました。商人達は遠からずの波乱を期待しているのでしょうか」
「ふむ、目端の利く連中が買い占めているのかもしれん」
「何にしても市井の不満は大きくなる一方だな」
既に王都では現状を招いた施政を口汚く批判し、大衆を煽って騒ぎ立てる事しか考えてない愚者も増えてきたらしく、国庫の開放や国王退位を標榜とした運動が過熱しているようだ。
“現状に至る複合的な要因を無視して、問題を単純化した挙句、それさえ解決したら薔薇色の未来とは思考停止も甚だしい” と彼の魔王は嘆いていたが…… 一部を切り取ったに過ぎない事柄でも、分かり易いものに流されるのは人の常である。
甘めな珈琲を一口啜り、ひとつの問題が片付けば次の課題が現れる状況にイルゼは憂い混じりの溜息を零した。
遅筆ですけど、ぼちぼちと頑張ってます。
読んでくれている皆様に感謝♪




