魔王、行政庁にお呼ばれする
「ヴェルナー様、中核都市ルーイッドより、侯爵様のご令嬢が一個小隊の軽装歩兵を御供にして来訪されています。兵卒の方々は庁内の会議室と多目的室、ご本人と護衛兵らは失礼の無いように応接室へ通しました」
「また、面倒なのが来たな、ロイス様は何を考えておられるのか、このただでさえ忙しい時に……」
卸元に対する臨時検査の目途が付き、概ね麦角菌と黒い麦粒の危険性は穀物商達に伝えられたが、本日中に俺達が足を運ぶべき場所は後一軒ほど残っている。
そんな状況で主家筋の御令嬢をもてなすのは憚られるとしても、放置する訳にいかないのだろう。
一連の検査を取り仕切る行政官の男爵が表情を顰め、溜息交じりに逡巡した。
「勝手に動き廻られたら厄介だ。一度中断して構わないか、イチロウ殿」
「事情があるなら仕方ない、日を改めよう」
「あの… 私どもの店に対する臨検は持ち越しとなるのでしょうか?」
もし、再度行政の手が入れば、市井の者達や麦角病患者らに疫病を持ち込んだ諸悪の根源と疑われ、店舗や倉庫などが打ち壊される事態もあり得るため、遠慮がちに黙していた商会主が問い掛けてくる。
既に必要な検査の多くは済んでいた事から、俺はヴェルナー男爵に言及して、少しの時間を貰うことにした。
「此処だけでも済ませないか? もう粗方の項目は消化している」
「我々も暇ではないのです、男爵殿」
「ふむ、イリア嬢の機嫌を損ねないよう、二度手間は避けた方が賢明ですな」
軽く頷いた御仁と一緒に行政庁から来た官吏も巻き込んで、残っていた検査項目の確認を済ませていく。
凡そ十数分程度で臨時検査を終え、踵を返そうとしたところで、何故か件の官吏に呼び止められた。
「すみません、待たせている侯爵令嬢から、 “星の使徒” の方々も連れてきて欲しいと頼まれていますので、ご同行願えますか?」
「あぁ、お邪魔させて頂こう」
「くぅ、私も急ぎの用事はありませんので付き添います」
実は臨検の立ち合いが終わったら居残り組のリーゼロッテや沙織も交え、渋谷の菓子専門店 “Acies” で自ら購入してきたバターサンドと紅茶を頂くことになっていたので、台詞とは裏腹に気落ちした黒髪緋眼の吸血令嬢が臍を嚙む。
気心の知れた青肌エルフら二人の性格を考えれば、気を利かせて残しておいてくれるとか、到底あり得なさそうだ。
「トウドウもお墨付きのキャラメルバター、楽しみにしていたのに……」
ぼそりと小声で呟く姿は可哀想に思えるが、エルゼリスを領有するロイス何某との伝手づくりの方が当然優先される事から聞こえなかった振りをして、残念そうな彼女と肩を並べて行政庁まで少し歩くことにした。
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