不良令嬢、喫煙を咎められる
災い転じて福となす、などと言えば疫病で直接的、又は間接的に亡くなった領民達への思慮が欠けてしまい、エルゼリス領を長らく治めるロイスの思想信条に反するが…… 転んだ手前、ただで起き上がるのもつまらない。
「新規技術による需要の創出は単純なものに留まらず、新たな付加価値で現状にはない雇用や職業を生み、人民を潤す。“経世済民”だったか?」
時折、訳の分からない事を言い出す不肖の娘を思い出し、彼は未だ手元に残った資料を眺める。
つい先日も疫病の話を出入りの商人から聞き付け、何等かの対策を講じれるかもしれない、現地に連れていけと無理な主張をしていた。
余りに奇抜な言動をすれば親兄弟に迷惑が掛かるのを悟ってから、普段は猫を被っていた事など鑑みれば軽くあしらったのは間違っていたかと後悔しつつ、末娘の部屋を訪ねると殊勝な気持ちは一瞬で吹き飛んだ。
「ちょッ、親父!? なんでいきなり入って来るんだよ!!」
室内には薬師を集めて開発させたという紙巻ハーブの白煙が立ち込め、普段着のドレスを着崩した年若い娘の姿がある。
「…… もう一度聞くが、それは身体に害がないんだろうな? あと、言葉遣いを糺せ、ミルダ」
「御免なさい、突然のことで取り乱しました。薬師らも申している通り、“テラ大陸” で広く普及している嗜好品を模しただけの紛い物ですので、常習性や健康の被害はありません」
本人としては物足りないのだが、心配する親に嘘は付けないためフレーバーを楽しむだけのモノとなっており、堂々と胸を張って言い切った。
だらしない恰好をしているため胸元が強調されて、父親の神経を逆撫ぜしているとも知らずに……
片手で顔を覆って溜息したロイスはぶっきらぼうに手元の資料を突き出す。
「ほえ?」
素っ頓狂な声を零した愛娘は反射的に受け取り、読み込むうちに真剣な表情となって内容に没頭していった。
(こういう時は凛々しいんだが、普段がだらしないだけに嫁の貰い手がおらんのだ)
通常、貴族の娘は町娘などより早く嫁ぐため、齢十六にもなって婚約などの話が一つも無いのは社交場でやらかした故である。
ある意味で人前に出せない末の娘は何度か頷いてから、徐に口を開いた。
「概ね正しいような気がします。少なくとも目視できない微細な生物、細菌は存在しますから…… それが食べ物を変質させるのです」
「つまり、汚染された麦類が原因なんだな?」
念押しの確認にヤンキー少女ならぬ不良令嬢が頷き、浅学な自身の意見は参考程度に留めて、他の識者達の意見も踏まえた上で判断した方が良いと釘を刺す。
だが、興味を宿らせた瞳は “あたしにも一枚噛ませろ” と強く訴えていた。
非才の身ながら、誰かに楽しんで頂ける物語目指してボチボチと執筆しています('◇')ゞ




