魔王、興味を持たれる
エルゼリス領を治める相応に思慮深いロイス侯爵が選んだのは “事実関係の無視” である。
小都市カルネアにて、星の使徒らが疫病対策に尽力してくれているのは認めた上、その背後には一切触れず黙殺する事に決め、現地の行政官である子飼いの男爵に向けた指示書を送っていた。
「勝手に流行り病を鎮めてくれるなら、それで結構… という訳ですね、旦那様。でも、大丈夫でしょうか?」
空になったティーカップに香草茶を注ぎつつ、息抜きと称して “麦角病の原因と対策” と銘打たれた怪しい書類束など眺める主に小首を傾げ、侍従の娘が心配そうに問い掛ける。
「まぁ、ベイグラッド家の出方を見る限り、迷宮の魔王殿は此方と交易を持ちたがっている。自ら心象を悪くする真似はしないだろう。それにしてもだ……」
折に触れて星の使徒達が編纂したと嘯く医学的な資料に頷き、時には刮目していた侯爵が重い溜息を吐く。
「シュタルティア王国の未来は暗いな、リタ。技術的な要素を含む文明水準が明らかに違い過ぎる」
「魔族というのはそこまで優れていたのでしょうか?」
「分からん… だが、此処に記載された内容には一理ある」
自領南部に蔓延している四肢を腐らせ、幻覚症状を引き起こす奇病の原因が “黒い麦粒” である可能性は捨て切れず、真に領民を想う為政者なら動かざるを得ない。
疫病自体の致死性もさることながら、血流が滞り易い端部の壊死などで肢体不自由になった場合、一命を取り留めたところで働けずに餓死という未来が待っている。
短期的又は中期的に見て南部穀倉地帯の生産性低下は避けられず、領内の穀物需要が供給を上回ることで、食糧価格の高騰が起きてしまうのは想像に難くない。
そうなれば耕作地に対して減少した労働者層の賃上げ要求が起こり、域内の地主達と揉めて厄介な調停依頼が大量に舞い込んでくるだろう。
「変な意地は張らず、非感染地域と南部の穀物を比較検証した方が賢明か……」
「では、すぐに手配致しますね」
「この資料も複写して識者達に、彼らの所見を聞きたい」
「はい、承りました」
恭しく頭を下げた侍従の娘が一礼して執務室から去り、一人残されたロイスは少し温くなった香草茶を啜りつつ、如何にしてノースグランツ及びミザリアの独立勢力と向き合うべきかを考える。
交易路に位置する領地故、白夜教諸国や王都の重鎮に配慮して表の関係は断っているものの…… 長年の地域的な繋がりを完全に断つなど不可能であり、裏で取引する商人達は後を絶たない。
良い情報源になるため黙認している彼らに加えて、未だ繋がりを持つベイグラッド家から齎される蒸気機関や冷凍保存技術の案件を聞いてしまえば、実業家肌の侯爵が興味関心を押さえ切れないのは致し方なかろう。
非才の身ながら、誰かに楽しんで頂ける物語目指してボチボチと執筆しています。




