騎士令嬢、開き直る
ひと段落ついたのに合わせて、此方も食事を取りながら追加の医療物資の確保など、以後の方針を詰めていく事にする。
その席で念のため、ノースグランツ領の中核都市から持ち込んだ健全な小麦で焼かれたパンを食みつつ、未だ乗り気でないイルゼ嬢が小さく唸った。
「私も星の使徒ですから、疫病に苦しむ人々に手を差し伸べる事は吝かではありませんが…… 麦角中毒は非常に繊細な問題です」
「えぇ、主食たる小麦の扱いは領主代行の管轄下にありますから」
然りと頷いた星読みの司祭が言及した通り、地球の西洋中世と同じく、シュタルティア王国では近隣の農村から各都市の行政官が一括して小麦を買い取っている。
要するに御上が流通経路を牛耳っており、市井のパン屋は仕入れ先の自由が無い。
日々、都市防壁の修繕費に苦労している役人達に高値で小麦を卸されたり、問題が起きた時には喜々として罰金を徴収されたりもする。
「従属的な立場のパン焼き職人らに麦角中毒の責を問うのは厳しいな」
「うむ、行政側に警鐘を与えねばのぅ」
「はぁっ、気が重い話です」
ずばりと指摘したリーゼロッテの言葉を受け、領主令嬢は溜息を吐いた。自身の立場上、他領の運営に積極的な介入をして、少しは面識もあるというロイス何某に不興を買いたくないのだろう。
「一応、星の使徒を通して諫言するので、直接的な関りは無い筈だが……」
「…… 星詠みの司祭殿、王国内に於ける最高位の導き手は?」
「勿論、ノースグランツの領主にして第六使徒 “星震” のイルゼ様です」
軽く胸の前で両手の指を組みつつ即答され、それ見たことかと言わんばかりの視線を彼女が投げてくる。
されども、星の使徒が運営する聖堂を中心に治療実績を挙げ、実地検証で裏付けられた諸々の事柄を都市の行政庁に報告するのが、防疫の観点から見て一番無難な方法だ。
「ある程度はリースティア家や魔族勢の関与した痕跡がないと、エルゼリスの領主に恩を売れない。慈善事業でもあるまいし、潔く諦めてくれ」
「うぅ、貸し一つですよ」
「ん~、お主はレオンに一つどころか、幾つも借りがあるのじゃが?」
敢えて俺が言わなかった台詞をリーゼロッテが代弁し、捕虜となった時点から鑑みれば、相応に心当たりのあるイルゼ嬢が頬を引き攣らせる。。
「くっ、騎士たるもの受けた恩は返すべき… いいでしょう、好きにしてください」
「ふふっ、“くっころ” というやつですね、遠慮なく名前を使わせて貰います♪」
こっそり聞き耳を立てていた吸血令嬢のイリアが言質を取り、その眷族である研修医の沙織によって纏められた資料は行政官へ届けられる運びとなった。
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