吸血令嬢、唾液を提供させられる
兎も角、なし崩し的に若い研修医がリーゼロッテ率いる青肌エルフ達の輪に巻き込まれて暫く…… シュタルティア王国エルゼリス領南部の小都市に建つ、天文台と呼ばれる “星の使徒” らの聖堂には噂を聞きつけた群衆が詰めかけていた。
その多くは手足など身体の末端に壊死が生じており、部分的な痙攣を起している者達の存在からも、血液循環系の疾病を患っているのは想像に容易い。
「お願いしますッ、どうかご慈悲を!」
「右足が痛くて、痛くて、碌に動けないのです」
「ッ、うぅ、私など鍛冶師なのに両腕が腐り始めて……」
「えぇいッ、どけ貴様、うちの息子が先だ! あんた、金ならあるぞ!!」
荒々しく硬貨入りの革袋を警備担当へ突き出した子連れ商人なども含め、彼らは治療法が無い流行り病の症状を緩和して貰えたと治験者達に聞いた市民であり、無下にできない武装した使徒達が困り顔で聖堂内を一瞥する。
その視線の先では第六使徒こと “星振” のイルゼも頭を抱えており、星詠みの司祭に気遣われながら恨みがましく隣の偉丈夫を睨んだ。
「一応、試薬を投与した連中には言い含め、余計な混乱を避けるように配慮したんだが、“人の口に戸は立てられぬ”といった様相だな」
「魔王殿、私の立場だと他領で騒ぎを起こすとか、下手をしたら自領に対して賠償請求されそうなんですけど……」
やや薄暗い聖堂には領主令嬢と博愛主義な使徒達しかいない事もあり、堂々と此方の素性が察せられる呼称を漏らして、露骨なジト目で訴え掛けてくる。
さらりと受け流したものの、第六使徒の威光を借りて見知らぬ土地の信徒達から献身的な協力を得ている手前、粗雑な扱いは不義理との誹りを受け兼ねないため、イルゼ嬢の意向に沿おうと群衆への対処に思考を割く。
「リゼ、血液希釈液のストックはどれくらいある?」
「ん~、臨床試験のつもりじゃったから、あと十数回分かのぅ」
困ったものだと年齢不詳の小柄な青肌エルフが苦笑しつつ、傍にいた白衣姿の沙織に視線を向ければ、彼女はこくりと頷いて同意を示した。
「ん~、今日のところは重症者に絞って投薬するしかないですね。あ、イリア様に御協力して頂けるなら生理食塩水はありますし、持参した備品でほんの少し増産できますよ?」
「うぅ、既に提供済みでも、改めて言われると抵抗感があります。まさか、私達の体液が原材料になるなんて……」
憂鬱そうに溜息した吸血令嬢の言葉通り、藤堂商事に調達して貰った医療用器具の一式を使い、治験者へ点滴投与した試薬には吸血鬼の唾液から抽出した “血液凝固を妨げる” 希釈成分が含まれている。
眷族化した沙織が自らの身体に興味を持ち、勤務先の機材で調べて検出したそうだが、本来は血液を滑らかにして飲み易くする目的の分泌物らしい。
なお、真祖に近い吸血鬼から採取した方が希釈効果はあると判明した折、スカーレットに “唾液をくれ” と頼んだら情熱的なキスをされたものの、製薬に使われるのは嫌そうだったのでイリアに提供して貰った経緯がある。
中央工房の研究室にて、犬歯だけ剥き出しになるようなマウスピースを噛まされ、長い笹穂耳をピコピコさせた青肌エルフ達に群がられている姿は…… 何というか、非常にシュールだった。
長々と執筆活動をしていると山あり谷ありですけど、皆様の応援で筆を走らせることができてます。物語に関わってくれる全ての人に感謝(*º▿º*)




