魔王、転移トラップなるものを仕掛ける
詰まるところ、自身の利益になる事が多かった眷族化の恩恵を受け、不規則になりがちな病院勤務の仕事を精力的にこなしていた沙織だったが…… ある日の午前、パスポートの有無を内線電話で確認された直後、内科診療部長に呼び出しを喰らう。
特段に不手際をやらかした記憶など無いため、恐らくは吸血令嬢の絡みだろうと思いつつ赴いた医局の職務室にて、彼女が渡されたのは一冊に纏められた資料だ。
「Covid-20の治療薬に係る取引先への同行依頼ですか、クライアントは輸入販売を予定している藤堂商事……」
「悪いことは言わないから、謹んで受けた方が良い。医院長が直々に天野君を指名している。辞退したら角が立って、主に私が大変だ」
ばつが悪そうに頭を掻きながら、直属の上司が無言の視線で “断るんじゃないぞ、面倒くさい” と訴えてくる 。
若干、パワハラ染みた圧力に屈する訳でなく、事前に同胞たる藤堂氏本人から連絡を受けていた事もあり、素直に沙織が頷くと彼は胸を撫で下ろした。
「ありがとう、翌週からの強行日程なんで拒否されたらどうしようかと胃を痛めていたのさ。まさに医者の不養生?」
「柳原部長、それは “口で立派な事を説き、実行が伴わない” 例えの慣用句です」
微笑を維持したまま親父ギャグにぐさりと一撃入れて、やや意気消沈した四十代後半の相手と仔細を詰め、渡航準備に土日の休みを貰って週明けは藤堂商事の本社へ出勤する運びとなる。
そんな経緯で獲得した連休の初日、正午まで爆睡した事を少々悔やんだ彼女は食糧調達のため、軽く黒髪を束ねたポニテ姿でマンション近くのセブンイレ〇ンに向かう。
途中、エレベーターに乗って階数表示の電子パネルをぼんやりと眺めていれば、1階で止まらずに存在しない地下階へと突入して、唖然としている内に数字が進んで “B49” などとふざけた表示が成された。
「は? 何これ、軽くホラーなんですけど……」
軽いデジャブを覚えて、某令嬢が漆黒の球体から出てきた時を思い出していたら、現状だと開いて欲しくもない左右の扉が両端へスライドする。
眼前にあるのは漆黒の闇だが、人外に与した沙織には濃厚な魔力が感じられ、それが “転移ゲート” の境界面であるのは理解できた。
過日のように貴族階級の吸血鬼イリアが現れるのかと身構えても、何も変化は無いまま暫しの時間だけが過ぎ去っていく。
(…… 自発的に潜れという事かしら?)
天邪鬼な部分もある彼女が徐に “閉じる” ボタンを連打するも、操作盤は雷属性魔法の応用で外部より制御されているので反応しない。
種明かしをするなら、エレベーターの筐体は魔術的な人払いが成された地上階に留まっており、悪戯な魔王が展開した転移陣に包まれているだけで、電子パネルの表示はブラフに過ぎなかったりする。
されども芸は細かいと言うべきか、恐る恐る沙織が踏み出した先の空間は地下ダンジョンの49階層、青銅のエルフ達が屯する中央工房に特設された研究室だった。
長々と執筆活動をしていると山あり谷ありですけど、皆様の応援で筆を走らせることができてます。物語に関わってくれる全ての人に感謝(*º▿º*)




