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吸血令嬢、若手の研修医を確保する

「ッ、中々に美味でした。さて、状況は分かりますか?」


臙脂色(えんじいろ)の綺麗な手巾(ハンカチ)で口元を(ぬぐ)い、イリアは(ほう)けた表情の研修医へ言葉を掛ける。


それを機に沙織の瞳に再び光彩(こうさい)(とも)り、茫然と自身の両掌へ視線を落として数度軽く握りしめた。


「凄い、生命力が溢れて…… 感覚も鋭敏になってるの? さっきまでと世界の見え方が全然違う」


「ふふっ、どうやら吸血種の適性があったようですね。貴女が眷族の末席に加わること、喜ばしく思います」


柔らかに微笑んだ人外の御令嬢より送られた祝福を受け、暫く逡巡した沙織は(おもむろ)に小首を傾げる。


「えっと、もしかして色々と聡子が(から)んでたりします」

「えぇ、勿論です、紹介して頂きました」


「それで引込み思案なあの子から連絡が来た訳ね…… よし、次に会ったら全身(くすぐ)りの刑だッ」


何やら(くら)い笑みを零した沙織に少し引きつつ “こほん” と咳払いして、イリアは簡素な自己紹介も踏まえ、深夜の病院まで(おもむ)いた事情を細やかに伝えていく。


真摯(しんし)な態度で傾聴(けいちょう)していた白衣姿の彼女は小さく唸り声を零した後、眷族の本能的な部分で期待に応えたいと感じたのか、困り顔で心情を吐露した。


「それなりに興味はありますけど、別惑星で私の知識や技術が役立つとは思えません」


「鶏が先か、卵が先かは存じませんが、自然環境及び生態系は地球と類似しています。活かせる事柄も多いでしょう」


既に幾つかの科学的な要素は持ち込まれており、ノースグランツ領の中核都市エベルでは鍛冶屋や製鉄所などの煙突から、青肌エルフ達が機械と併せて納品した蒸気機関の煙が立ち上っている。


市街地を流れる川沿いの冷凍庫群こそ水車動力なものの、食品加工分野の機械化も大手商人と魔族の共同で試みられており、これからの街並みは徐々に変遷(へんせん)していくのだろう。


まるで産業革命初期のような情勢を聞き、どうやら地球科学と魔法が混ざり始めた世界だと、自身の中で印象を(まと)めた沙織は多少の自信を取り戻した。


「一応、確約は無理でも協力致します。上位の血縁に尽くすことで多幸感を得られる身体になったみたいですから、でも……」


ばつが悪そうに口籠(くちごも)り、多忙なスケジュールに穴は開けられないと主張する。


「その調整は任せなさい。此処(ここ)の院長先生と縁故(えんこ)があり、機材や薬品を(おろ)している藤堂商事会長の口利(くちき)きで、海外製薬会社の視察という形にして貰います」


「えッ、本当ですか? でしたら、ついでに私の給与をもっと… ううん、労働時間を一日10時間未満にしてくれませんか!!」


勢い余って喰い気味な相手をあしらい、“機会があれば、ね” と御茶を濁したイリアは右掌を真横に付きだし、生じさせた黒い球状の転移ゲートへ姿を消した。


一瞬だけ、全てが夢に思えた沙織は狐に摘ままれたような心地となり、何気なく診療室に備え付けられた鏡を見詰めて、ふと瞳が淡い赫色を帯びたのに気付く。


「…… 視覚に意識を向けたから?」


やや眩しく感じる視野のまま周囲を観察し、窓越しの暗闇が鮮明に見通せた事により、今の状態が暗視モードなのだと理解した。


「ん~、面白いけど、注意しないとね」


患者の対面で瞳を赫く染め、怪訝(けげん)に思われるのは避けるべきだと溜息を零す。


それでも、眷族化に伴う身体強化が研修医の激務を緩和してくれるのは事実なので、“人外寄りの身体も悪くない” と思い直した彼女は軽い足取りで帰路に()いた。

”皆様に楽しく読んでもらえる物語” を目指して日々精進です!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 女医さんゲットだせ! さあ。あっちの病を直しに行きましょう。 [気になる点] 蒸気機関があるなら、時期にガソリンも使えますね。 まずは飛行機か飛行船の開発もいいですね。 [一言] 更新…
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