吸血令嬢、問答無用で齧りつく
「血液希釈剤って、また聡子には縁の無い言葉が…… まさか敗血症とか罹患してないよね?」
血液循環の不良から凝固が頻繁に起き、多臓器不全に至るような病状の対処を事細かに聞かれ、思わず心配顔で確認すれども相手はゆっくりと首を左右に振る。
「重要な取引相手のご家族に病状が出たらしくて… 徳則(柏原)さんに調べて欲しいって頼まれたの」
「で、私に頼ったと?」
「それもあるけど、沙織の顔も見たかったのは本当よ」
素で言ってのけるには少し恥ずかしかったのか、照れた様子で聡子は自身が頼んでいた抹茶のアイスラテを啜った。
その小動物のような姿に昔日の面影を感じて、蜂蜜スコーンを一つ差し出す。
「…… くれるの?」
「嬉しい台詞を貰えたからね。あと、餌付け」
受け取ろうとした手を躱した友人に悪戯っぽい微笑で促され、さらに赤面したまま軽く口を開いてパクリと食めば、蜂蜜の優しい味わいが味覚を刺激した。
思わず綻んだ表情を満足そうに見遣りつつ、沙織は残っていたウバ茶のミルクティーを飲み干してから、意匠の凝ったブランド物の腕時計で時刻を把握する。
「さて、そろそろ仕事に戻らないとね」
「ごめん、時間を取らせちゃって……」
「ふふっ、良い息抜きになったから気にしないでよ」
伝票片手に言い残し、颯爽と夜間診療に備えて勤務先の病院へ戻る彼女に向け、聞き取れない程の声音で聡子はもう一度だけ “ごめんね” と呟いたのだった。
その意味するところを本人が知るのは…… 全ての仕事が終わり、最後の患者が診療室から出て少し後の事である。
ふとした違和感を感じて振り向けば、出入り口付近に小さな黒点が浮遊しており、あれよという間に人が屈めば通れそうな大きさまで広がっていく。
「ッ、視覚障害、いえ… 脳腫瘍による幻覚の類?」
眼前の謎現象を合理的に判断するためと謂えども、洒落にならない病状を想定してしまい、かぶりを振って打ち消したにも拘わらず……
未だ視界の先では異常事態が進行しており、漆黒の球体から窮屈そうにドレス姿の黒髪少女が出てきてしまう。
「うぅ、私の魔力ではこれが限界です。大気中の魔素濃度は問題ない筈ですけど」
「貴女―ッ ――!?」
「落ち着きなさい、騒がれても面倒なので声を奪わせて貰いました」
何とも理不尽で非常識な話だが、煌々と灯る赫い瞳に睨まれた瞬間から声帯がまともに機能していない。
反射的に後退りしようとして、金縛りに遭っている事実にまで気付いた。
(一体なんなのッ、有り得ない、非科学的過ぎる!!)
せめて苛立ちを含んだ眼差しで沙織は抗議の意思など示すものの、暖簾に腕押し、糠に釘。
微笑を浮かべて近づいてきた黒髪緋眼の吸血令嬢イリアは異常に発達した牙を見せつけ、正面から白い喉元に噛みつく。
(ひぁ!? い、痛… くない?)
鋭くて硬い感触が皮膚を裂き、名状し難い愉悦と共に沙織の血液が啜られて…… 平たく言えば “かぷ、ちゅ~” されたのであった。
”皆様に楽しく読んでもらえる物語” を目指して日々精進です!




