魔王、疫病について考察する
彼が現地の行商から仕入れたという話によれば、主な病状は手足の壊死や痙攣であり、治癒魔法が殆ど効かない特性を持っているようだ。
故に重篤化して意識不明のまま死亡した事例も相応にあるらしく、難儀なものだと溜息して他人事とは謂えども思考の歯車を廻し始める。
「恐らく血液循環が儘ならずに身体の端部が壊死、同様の理由による血流不足で脳障害が起きて痙攣を起こしているんだろう。魔法が効かないのは該当部位が諸悪の根源とは限らないためか?」
「ん、相変わらず我が君の見識は深くて理解が及びませんけど、病は人や物を介して運ばれるもの、交易の際は注意が必要ですね」
ちらりと視線を向けてきた鬼姫ミツキに頷きながら、この地球型惑星に於ける動植物の生態や文明度合いを踏まえて、候補となる複数の病名を脳裏に浮かべた。
発症者が出た時期も踏まえると更に絞れるのだが、現状で判断するには情報が足りない。
「クリストファ殿、この件に関する調査を頼んでも構わないか?」
「勿論です、貴方に対する貸しは価値がありますから」
「偶には素直に感謝させてくれよ……」
無駄に良い笑顔を見せたベイグラッド家の次男坊に苦言を呈し、エルゼリス領南部で流行っている疫病の正体を明かしてロイス何某に恩義など押し売ろうと、幾つかの確認すべき事項を丁寧に伝えていく。
そんな事があった日から暫く経ち、場所は変って東京の表参道にある紅茶マニア御用達のカフェ “CH〇VATY” 店内、吸血令嬢イリアの下級眷族である宮森聡子が友人と談笑していた。
高校時代は同じ吹奏楽部に所属していた仲間で、忘れた頃に一方的な連絡が来てクラッシックのコンサートに拉致される関係だが、今回に限れば誘う側の立場が逆である。
若干の珍しさも相まって、多忙な研修医の身にも拘わらず時間を割いてくれたのかと思いきや…… 先程から溜め込んだ澱を吐き出して愚痴るばかり。
「うぅ、手取り24万ちょいあるのは良いんだけどさ~、今週の平均労働時間が11時間越えっておかしくない? 労働基準法は何処にいったのかしら」
御店のテーブルに頬杖を突き、ぐでっとした態度でミルクティーを啜る理知的でやや気が強そうな二十代半ばの女性、天野沙織に向けて聡子はやんわりと諭した。
「ちゃんと…… 残業代は出ている… よね? 大変そう、だけど… 患者さんの命に関わる、大切な仕事だから、已むを得ない場合もあると思う」
「んぅ~、綺麗事だけでは生きられんのだよ、人は……」
はむっと蜂蜜仕立てのスコーンを齧り、優しい甘さに表情を綻ばせた後、沙織は既婚女医の唐突な産休や、子供絡みの当直免除などの皺寄せが若手独身に向けられる現状に嘆く。
「むぅ、そう言えばあんたも結婚が近そうだった。お相手の柏原さん、藤堂商事の子会社で代表取締役を務めてるとか優良物件じゃない」
「うちの会社は藤堂系列じゃ… なくて…… 提携してるだけ」
ぼそりとした声で間違いを糺したものの、にんまりと微笑んだ沙織は気に留める事なく、控え目で恋愛経験の乏しい友人を弄り始める。
それを愛想笑いで受け流して、やっと聡子は本題を切り出すことができた。
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