魔王、過去に酷い扱いをされていたと思い出す
「お待たせ致しました、皆様。これが話題にしていた新たな商材です」
暖炉の煙突部に設置された小型の蒸気機関付き多段圧縮機や、連結作業中の製氷機へ広げた右腕を向け、新進気鋭の商人は悠々と歩き出す。
辿り着いた先では青銅のエルフ達が忙しなく手を動かし、未だに準備を整えていたものの…… 組み立てるだけなので、数分程度で完了して動力炉に火が灯された。
鋼鉄製のピストンが上下運動を始める中、駆動音に負けない声でリーゼロッテが言葉を紡ぐ。
「今日はよく集まってくれたのぅ! 此処にあるのが気化熱冷却を利用して、魔法に頼らず氷を作る装置 “製氷機” なのじゃ!!」
いつもの如く高いテンションで膨らみの乏しい胸を張った彼女により、持ち手の付いた鈍色の扉がガコッと開かれ、庫内に収められていた複数の製氷皿が露となる。
既に防音魔法を施した隣室で二刻ほど稼働させていた事もあり、敷居で区切られた長方形の深皿には程良いサイズの氷が出来上がっている筈だ。
されども、来客たちの視線は可憐で美しいドレス姿の青肌エルフに釘付けとなっており、その興味は製氷機から著しく逸れていた。
「うぐぅ、テラ大陸の言葉で “百聞は一見に如かず” とも言う。刮目するが良いのじゃッ、うつけどもめ!!」
渾身の作品を蔑ろにされたと感じたのか、若干キレ気味な姿に彼女と出会った当初など思い出していたら、隣のスカーレットが忍び笑いを漏らす。
「先達への敬意から小難しい話にも付き合っていましたけど、聞き流すのはありですね、おじ様♪」
「やめてくれ、全ての皺寄せが俺にくる光景しか想像できない」
実際、吸血姫の父親であるブラドと研究で食い違いがあったり、周囲の理解が得られなかったりした時、大概はリーゼロッテの愚痴を聞かされた上でストレス発散の為にベッドへ押し倒されていた。
しかも事後の寝物語で論理的正当性とやらを延々と語られ、気が付けば朝鳥の声がしていたという。
「…… 省みると酷い扱いだな」
「何か不手際でも御座いましたか、我が王よ」
「申して頂けましたら、疾く対処致します」
小さな呟きに反応したグレイドやリディアに苦笑を返し、過去の話だと伝えている間にも青肌エルフの娘達が動き廻り、来客に出来上がった氷を見せ歩いていく。
「凄いな、ちゃんとした氷じゃないか、触っても構わないのかい?」
「あうぅ、この後に氷菓子を作って、皆様に食べて貰うので……」
「この氷はどれくらいの時間で形成されるんだ?」
「えっと、外気温に左右されますけど、大体は一刻半です」
やや戸惑いながらもコミュ力の低い技術職が頑張って接客する傍ら…… 餌に釣られてやってきた銀狼と黒狼の娘達は目立たぬようにコッソリと、かき氷機や簡易な調理台などを室内へ運び込んでいた。
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