魔王、製氷の科学的手法を知る
「理解してはいましたけど、不憫な生き物ですね。人間は……」
思わず憐れんだ吸血姫は人間嫌いな性格が拗れている事もあり、無意識下の慢心で失態など晒さないように釘を刺しておく。
「たとい能力が低くとも有事の結束力や凝集性は強いし、地球由来の技術も不得手が多いからこそ発展した経緯がある。過小評価して侮るのも危険だぞ」
「ん、それもそうですね。蒙昧な私をお許しください」
素直なスカーレットは疑わずに頷いたものの…… 記憶にある三百年前の惑星 “ルーナ” と現在の文明水準は然ほど変わらないため、魔法の存在自体が科学的なアプローチを阻害している可能性は高い。
魔術師の絶対数が少なくても魔法で成せると証明された物事に関して、成否不明な研究に捧げる情熱は維持し難いのだろうと伝えれば、錬金術に長けた青銅のエルフを纏めるリーゼロッテが深く首肯してくれた。
「流石は妾のレオン、分かっておるのぅ。真の求道者は誰も到達していない未踏領域に魅力を感じるのじゃ♪」
「おじ様は貴方の物ではありませんが、要は達成感の期待値が問題なのですね」
「何事も意欲が大事だからな、ただ……」
話題の発端になった氷の需要は夏に多いため、NH3精製用の小規模工場にある氷結系魔導装置のような採算度外視で製造された科学と魔法の結晶ではなく、何らかの汎用的な製氷機を魔族が暮らす地下ダンジョンや都市部に普及させたいところだ。
(気温が低い地域であろうと熱中症は起き得るし、医療にも役立つからな)
僅かに思案しつつも手を伸ばし、意匠が凝らされた専用の木製スタンドからグラスを一つ拝借して、利き手に掴んだ水差しを傾ける。
さらに器越しの水に魔力を浸透させていき、液体の中心部を瞬間凝結させる事で氷球を生み出した。
「自分で少しの対価を支払って製氷するのは容易だが…… 科学的手法のみで実践する場合、どうしたら良いんだ、リゼ?」
「ん~、以前見た地球の技術資料じゃと気化熱を利用しておったのぅ」
「初めて聞く言葉ですわね」
割と知性派な吸血姫が興味を抱けば、長い笹穂耳を微動させた青肌エルフが嬉しそうに語り出す。
「この惑星や地球に於ける気化は “沸騰” と “蒸発” があって、どちらも周囲の熱量を消費する反応なのじゃよ。凍結系魔法も魔力を以って熱を奪うじゃろ?」
「えぇ、確かに……」
「その際に “吸収された熱” を気化熱と言うのじゃ」
所謂、液体というのは分子が結合されている状態なので、空中の他分子や陽光などが衝突して伝導した熱量により、結束を解かれて気体になるらしい。
一連の過程で熱が収奪されるため、境界面付近の温度が低下するとの事だ。
「じゃから、蒸発し易い触媒を用意して、環境を整えれば冷却装置も作れるのぅ」
「必要な触媒と機器は?」
「余り、金銭的な負担にならないと良いのですけど……」
何やら独りで呟きながら逡巡し始めたリーゼロッテに一抹の不安を感じたが、いつもの事なので放置していると考えを纏め終えたのか、やや姿勢を正してから言葉を切り出す。
「触媒は “はーばーぼっしゅ” 法で精製した液体 “あんもにあ”、気化したそれを再凝結させる蒸気式の多段圧縮器、膨張弁などが冷却循環機構には必須じゃな」
「…… 待て、またあのデカい圧縮器を地球から転移させろと言うのか」
「大丈夫じゃ、既にトウドウから購入した物を解析して試作品を数機作っておる」
さらに膨張弁も蒸気機関に付随する調整弁の改良で問題無く、現段階においては具材が揃っているため、短期間で製氷機の試作が可能だと年齢不詳の青肌ロリエルフは凹凸の無い胸を張る。
氷の販売利益も見込める事から、意図せずに研究開発費を含む予算など確保した彼女は上機嫌で自室へと凱旋していった。
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