魔王、因果性のジレンマを感じる
「それなりに度数が高い酒だろう、程々にしておけよ」
「心得ています、二日酔いになるとマリが心配しますから」
「仕事も溜まるしのぅ」
「うぐぅ……」
何処から出しているんだという声で呻いたイルゼ嬢から視線を外し、歩み寄ってきた給仕の娘に鱈のような魚の塩バター焼きとアスパラガスっぽい茎野菜のベーコン巻きを頼む。
因みにリーゼロッテは葉野菜を練り込んだ特製パスタ、鶏肉の煮込みスープを注文していた。
「…… 待て、今気づいたが、この酒場は料理の質が高すぎないか?」
通常、地球の中世ヨーロッパに近い生活形態を持つ惑星 “ルーナ” では、当日ある食材の組み合わせで適当な料理を提供する食堂が大半だ。細かい手の込んだ調理を行う店は極端に少ない。
普通に日本で食していたようなメニューに疑問を覚えたものの、女性陣の二人はきょとんとした表情など向けてきた。
「レオ~ン、此処はスカーレットが出資している酒場じゃぞ?」
「料理の監修はゼルギウス殿が担当しているようです」
「あー、そんな話も聞いた気がしてきた、それでか……」
「…… えっと、お飲み物はどうしましょう?」
此方に配慮して傍で会話の区切りを待っていた給仕の娘から尋ねられ、咄嗟に先客が飲んでいたのと同じ物にしてもらう。
ある程度の段階まで下拵えして作り置いているのか、然ほど待つこと無く俺とリーゼロッテの前に料理が並べられ、食した際の美味しさに二人して舌鼓を打つ。
割とがっつりとした肉料理にパンを合わせていたイルゼ嬢も食事を再開し、凝り性の老執事が店主に直伝したという味付けに頬を緩ませた。
「しかし、本当に地球由来のレシピは素晴らしいですね。拘れるだけの余裕が生活にあるという事でしょうか?」
「地域間格差はあるけどな、苦しいところはそうもいかない」
「そう言われると為政者として気が引き締まります」
何やらグラス片手に気合を入れる姿に苦笑しながら、麦系植物を蒸留したコルンブラントもどきを喉に流し込む。
「どうかの、その銘柄はイハル何某という商人に頼まれて、妾達が新造した水蒸気式蒸留器で作られておるのじゃ♪」
自身は果実から醸造したお酒をちびりと啜り、上目遣いを向けてきたので器具がどれほど品質に影響するのか不明だが、素直に悪くないと頷き返しておく。
やや得意げなリーゼロッテの言葉によれば、中核都市エベルにおける青銅のエルフ族の認知度は着実に広まっており、最近は色んな商人から機材作製や修理の依頼が舞い込んでくるらしい。
「まぁ、元からある既存の製品しか引き受けてないがの、それよりもじゃ……」
微笑した青肌エルフ娘が身を乗り出し、今春からハーバーボッシュ法で精製された窒素化合物の肥料を試験投入していく件に言及する。
どうやら土壌成分がこの惑星と地球で殆ど差異が無い事から、近代農業に近い手法が適応できるようだ。
なお、余りの類似性に違和感を持って問い掛けたところ、そもそも生態系自体が近しいため、逆説的に自然環境にも共通点があって当然だと指摘されたのは最近の事になる。
(卵が先か、鶏が先かと同種だな)
いつか聞いたことがある因果性のジレンマに意識を割き、やがて農業から化学の小難しい内容に変化していった昔馴染みの話を聞き流し、途中で酔いの廻った漁民らに絡まれながらも食事を済ませて酒場から出た。
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