魔王、漁民達と酒場に行く
延々と養殖筏の準備作業をしている内に日が沈み始め、指揮を執っていたリーゼロッテが漁民達に労いの言葉を掛けながら仕事の終わりを告げる。
周囲で機嫌良さげに働いていた青肌エルフらも片付けに取り掛かる最中、一通りの撤収指示を出し終えた彼女は此方を見遣り、湾内に浮かぶ筏の上を覚束ない足取りで戻ってきた。
「レオン、この後じゃがッ、ひゃぅ!?」
「っと、ある意味でお約束だな」
手前で脚を滑らせた青肌エルフ娘を受け止めるべく、俺は傾注しつつも半歩踏み出し、小柄で柔らかい身体を搔き抱く。
「はぅ、焦ったのじゃあ…… 危うく貝と一緒に養殖される事になっておったわ」
「肌の色的に落ちると分かり難そうだな、海の藻屑になり兼ねん」
「うぐぅ、少しは泳げるが、着衣のままは経験がないからのぅ」
ひしっとしがみ付く手の握力を強めた彼女の両脇へ手を伸ばし、垂直にひょいと持ち上げて近場に停泊させてあった漁船へ積み込む。
「むぅ、扱いが微妙な気がするぞ」
「では、どうしろと?」
「それはだのぅ、やはりこう、優しくお姫様抱っことか所望するのじゃ」
「足場が悪い筏の上で無理を言うなよ、リゼ」
若干、呆れたものの声掛けしてきた用件を促せば、気を取り直した彼女は長い笹穂耳を機嫌よく動かして微笑んだ。
「漁民達から一杯誘われてのぅ、一緒にどうかの?」
「そうだな、付き合おう」
特に積み上げている仕事や喫緊の問題がある訳でも無く、偶には最古の友人で前世に於ける初めての相手と飲むのも良いかと思い、即断即決して了承を返す。
善は急げとばかりに活気づいた漁民達と小型蒸気機関付き漁船に乗り込み、すぐ傍に見えている護岸へと引き返して、市街地の酒場へ向かえば…… 何やら馴染みの顔が目立たない格好をして手酌酒など飲んでいた。
無視するのも気が引けたので、厄介払いされたら素直に離れようと腹を決め、テーブル対面にリーゼロッテを伴って着座する。
「良いのか、ノースグランツの領主が護衛も付けずに酒場など」
「…… 一応、人間勢力では私も強い方なのですよ、魔王殿」
「ははっ、うちの幹部連中に鍛えられたお陰だな」
「うむ、第六使徒 “星辰のイルゼ” は普通に妾よりも強いからのぅ」
かつて単独でベヒモスを討った実績に加え、概念武装 “刹那” を有する彼女の逸話は “星の使徒” に属する信徒達がこれ見よがしに喧伝したので、今や西方大陸で広く知られていたりする。
確かに人の身としては破格の強さを誇れども、当の領主令嬢は嫌そうな顔で蒸留酒を呷った。
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