騎士令嬢、経済封鎖を憂う
「さてと、先ずは遠征中の二ヶ月間にあった事を聞かせて欲しい」
西洋建築風の庁舎三階にある会議室の椅子に腰掛け、同様に着席した主だった者達の内、留守番組を見渡す。
特に緊急連絡がなかった以上、然したる問題は起こってないはずだと高を括っていたら、綺麗な碧眼を曇らせたイルゼ嬢と目が合ってしまう。
「魔王殿、何点か気掛かりな事があります」
「聞かせてくれ」
静かに頷けば、彼女が用意していたA4資料数枚が皆に配られていく。
「…… 経済の封鎖についてか」
「そろそろ、何とかならないでしょうか?」
基本的に周辺地域の主要な宗教である白夜教は魔族廃絶主義を掲げているため、現状のノースグランツ領は孤立しており、不死王領域を除く他の地域とは交易を止められていた。
「食料に関してはのぅ、妾達の作った窒素化合物を畑に撒いておるから、何とかなるのじゃが…… それでも気候的に生産できる作物が限定されるのじゃ」
「まぁ、そうだろうな」
ノースグランツは名前の通りに北方の土地であり、生産できる品目と収穫量は多くない。その反面、海に面している事から、足りない食糧を漁業で賄っている実態がある。
(まぁ、塩が取れる事も踏まえれば発展するだけの下地は十分だな)
塩は人魔を問わずに貴重なミネラル源でもあるため、内陸部への交易品として扱われていた。ここが俺達の占領下に入るまでは……
「今回、ミザリア領が同胞となった事で多少は物流が復活しますけど、それでも手に入り難い物は多いのでしょうね、おじ様」
涼しい顔で吸血姫が他人事のようにしている理由は明白で、実質的に300年間地下ダンジョンに押し込められ、戦闘で数を減らした魔族達は完全な自給自足を実現していたからだ。
ただ、それは魔族側の都合に過ぎないため、年若い領主であるイルゼ嬢は俯いて溜息を零す。
「はぁっ…… スカーレット殿、貴女は良くても領民達が困る事も多いのですよ」
手元の資料ではヴェルギア領やエルゼリス領との交易が止まってから、一部の鉱石類や衣類、日用生活品なども不足して高値となっている事が示されていた。
「折角、港がある訳だから、白夜教の勢力範囲外と取引するというのは?」
「確かに陸地を大回りして、紅月教の諸国に至れば取引できる可能性もあるがのぅ…… レオン、それは何気に大冒険なのじゃ」
“分かって無いのぅ” という感じで、長い笹穂耳を下げてリーゼロッテが首を左右に振る。
現状の惑星ルーナにおける海図はそれほど正確ではなく、未知の海魔の存在も懸念されるため、蒸気船であっても相応にリスクが高いとの事だ。
「となればエルゼリス領を取り込んで、何とかバルディア共和国との交易を成すぐらいだな……」
「エルゼリスとバルディアは経済的に相互依存していますから、自分達が取引しているのは我らでは無く、エルゼリスだという建前を与えておけば良いでしょう」
愛用の鉄扇で口元を隠しながら、そう嘯く鬼姫の考えも分からなくは無い。
あくまでもエルゼリス領が独立性を保った上で、此方に協力してくれるならば密かに物資を横流しして貰う事も可能だろう。
結局、その方向性で交渉ができないかを検討していく事が取り決められた。
”皆様に楽しく読んでもらえる物語” を目指して日々精進です!
ブクマや評価などで応援してくれれば、本当に嬉しく思います!!




