魔王、機先を制す
途上で、中央広場の西側に建つ白夜教の教会から刻限を告げる鐘が鳴り響く。
「…… 昨日も思いましたけど、戦時中であっても鐘の音は鳴るんですわね」
「あぁ、白夜教の坊主どもにすればアレも宗教的な意味があるからな」
礼拝の時間などを人々に知らせて教会に集めるほか、聖書に沿った規則正しい生活をさせる意味合いを持つ。さらに時刻を管理する事は権威にも繋がっていた。
ノースグランツ領では北方の土地でも運用できるように、低温でも凍らない遊星歯車式の水銀時計が主流だが、城塞都市ワルドでは蝋燭に目盛りを付けた昔馴染みの蝋燭時計を使っているらしい。
なんて事をゆっくりと歩きながら隣のスカーレットに教えていると、市街の地理に詳しいゼルライト麾下の護衛兵に先導されて先を進むクリストファが足を止めて振り返った。
「魔王殿ッ、急がないと刻限の鐘が鳴ってしまったじゃないですか!」
「慌てるなよ、わざとだ」
「…… 分かっていますよ、理由を聞いても?」
「ミツキの連絡待ち…… っと、噂をしたら何とやらだな」
斜め向かいの路地裏から街並みと合わない着物姿の鬼姫がするりと姿を現し、足元に纏わりつく使い魔のハツカネズミと共に近づいてくる。
「お待たせしました、我が君」
「構わない、配置の状況は?」
暫し立ち止まって報告を聞いた後、ベイグラッド家の次男坊に急かされて中央広場に辿り着けば、其処にはテーブルと椅子が並べられており、その傍らで律義に立ったままリベルディアの将校が此方を待っていた。
「…… 事前に取り決めた刻限も守れんとはな、ベイグラッド殿」
「初めましてフレスト師団長、少々魔王殿に用事がありましてね」
何やら非難をこめた視線を向け、本格的な交渉に遅れた理由を丸なげしてくるが、まぁ…… 遅れた原因は確かに俺なので仕方ない。
「すまない、あそこの宿屋二階や商工ギルドの三階などに潜んでいた貴国の狙撃兵を押さえていたら、思ったよりも時間が掛かってしまった」
あくまで有事に備えて配置しているだけで、今の状況下で交渉を破綻させる意思はないと思うが…… ミツキの使い魔たちを介して所在を確認し、潜伏させていた鬼人兵に手を打ってもらった。
「………… 詫びはせんぞ、必要な事だ」
「何も気にする事はないさ、此方も同じだからな…… スカーレット」
「はい、おじ様♪」
彼女が少し離れた石畳を指し示すと、市街戦を想定した狙撃銃H&K PSGのスコープ越しに合図を確認した万能執事がトリガーを引き、乾いた音と共に放たれたペイント弾が石畳を赤く染めた。
「ッ、長距離で正確な銃撃だとッ!?」
「何処からだ!!」
「狼狽えるな、竜騎兵達の報告通りであろうがッ」
動揺しつつも姿勢を低くして盾を構え、警戒心を高める歩兵達を一喝し、フレスト師団長と呼ばれた質実剛健な印象の老騎士が鋭い眼光を飛ばしてくる。
「貴殿がノースグランツの……」
「改めて挨拶させてもらおう、イチローだ」
不敵な笑みを張り付けて、俺は右手を握手のために差し出した。
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