吸血姫、朝から清々しくないものを見てしまう
翌日、謁見の間にて金髪灼眼の吸血鬼が小首を傾げる。いつもなら、彼女の慕う魔王が目を覚まして玉座に着く頃合いなのに、その気配が全くない。
「仕方がないですね、これは私が起こしに行かないと♪」
復活前に身体の世話をしていた頃を思い出しつつ、スカーレットが嬉しそうに謁見の間から退出しようとすれば、銀糸の髪に寝癖をやや残したヴィレダがやってきた。
「あれ、イチローはまだ寝てるの? あたし、起こしてくるね」
「待ちなさい、ヴィレダ…… 私が行きましょう」
謁見の間から魔王の私室に向かおうとする天狼娘を制し、いそいそと吸血鬼の姫君が歩を進めていく。
そして、何度も通った扉の前で立ち止まり、スカーレットは軽いノックをした後に小声で室内に声掛けをした。
「………… 返事はありませんね、イチロー様、失礼します」
ゆっくりと音を立てずに扉を開き、ベッドの傍まで歩み寄った彼女の表情が不意に凍り付く。
「何故、ここにリーゼロッテ様が……」
視線の先には一糸纏わぬ青肌エルフの姿がある。
(大丈夫です、おじ様とは7歳の時に将来を誓い合っていますから……)
何かの見間違いとでも思ったのか、視線を逸らしてから再確認するものの、眼前の光景が変わる訳もない。
瞑目して平常心を維持したスカーレットは静かに後退り、そっと部屋の扉を閉めて謁見の間に踵を返す。
「あれ、スカーレット、イチローは?」
「おじ様はお疲れのようです…… 暫く休ませてあげましょう」
「ふうん、そうなんだ」
何の疑問も持たず、尻尾を揺らすヴィレダに分からない様に彼女は清々しくない朝の一幕に溜息を吐いた。
その暫し後、件の魔王がリーゼロッテの身じろぎで目を覚まし、彼女を起こさない様にゆっくりと上半身を起こす。
「うぅ、朝か…… こんなところをスカーレットやヴィレダに見せる訳にも行かないな」
軽く頭を振って眠気を飛ばし、寝室と繋がる専用浴室に移動する。
備え付けた赤熱の魔石に手を翳してタンクに蓄えてある水を熱し、適度な温度にした上で足踏みポンプを踏み込み、シャワーを出して頭から温水を被った。
余り朝から時間を掛ける訳にもいかないので、さっぱりした後に手早く服装を整えているとリーゼロッテがむくりと起き上がる。
「ふぁ~、おはようなのじゃ、レオン」
「ああ、おはよう、俺は用事があるから早く帰れ」
先日、一つ上の階層にある中央工房の座標も確認しているので、魔力を右掌に収束させて転移ゲートを開く。
「まぁ、待つのじゃ、妾も風呂に……」
「自分のところで入ればいいだろう。確か、シャワーのポンプを蒸気機関にしたと言っていたな」
「むぅ、つれないのぅ…… 寂しいのじゃ」
もそもそとベッドの周辺に散らばる服を着こみ、リーゼロッテは転移ゲートの前に立って此方を振り返った。
「今日は30階層に行くんじゃったの、気を付けるのじゃよ」
去り際にそんな言葉を残した彼女を見送り、俺は何食わぬ顔で謁見の間に入って玉座に坐し、広間の片隅に視線を投げる。
そこではトヨダのピックアップトラックが見るも無残な姿になっていた。
職人気質な青銅のエルフの一人がこれに異常な興味を示し、バラバラにしてしまったのだ。そいつは現在、蒸気自動車の設計に着手していた。
(というか、元に戻していけよ…… ちゃんと直せるんだよな、これ?)
などと考えていたら、隣接している待機部屋にでもいたのだろうスカーレットとヴィレダが謁見の間にやってくる。
「おはよう、スカレにヴィレダ」
「……………… おはよう御座います、イチロー様」
「イチロー、起きるの遅い!」
「あぁ、すまない…… 皆は訓練場で待機中か?」
「はい、いつでも出撃できますわ」
何やら微妙な態度を一瞬だけ見せた吸血姫の言葉通り、二人を伴って訓練場に入れば、ヴィレダ麾下の人狼突撃兵隊18名及びコボルト小隊20名、スカーレット麾下の吸血鬼飛兵隊18名の総勢56名が居並んでいた。
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