魔王、一計を案じる
「お客様、早朝に申し訳ありません……」
「構わない、急な用事か?」
「はい、ミツキ様という鬼人族の方がいらしてます」
鬼姫か…… 軽く思案した後、スカーレットが入浴中なので少々待ってもらおうとするが、間髪入れずに聞き慣れた声が響く。
「失礼します、我が君、急ぎ耳に入れて頂きたい事が……」
「暫し待て (もう部屋の前まできてるのかよッ!)」
扉の向こう側から届くミツキの呼び掛けに応えつつ、ベッドの周囲に散らばっているスカーレットの赤と黒を基調としたドレス、意匠の凝った豪奢な下着などをバスルームに放り込む。
(これでよしッ、っと)
室内の仄かな香水の香りや、流れる水音で気付くだろうが、さすがに脱ぎ散らかした彼女の衣服が転がっているのはどうかと思う。
最後に自分の身なりを確認したうえで、椅子に腰掛けて入室を促すと、こちらも赤を基調に桜模様を散りばめた艶やかな着物姿の鬼姫が静々と歩み寄ってくる。
「お邪魔しますね」
「あぁ」
当然、スカーレットの存在に気付いてはいるだろうが、野暮なことには触れずに円形テーブルへと着き、控えていた城付きメイドに三人分のハーブティーを頼む。
「ミントリアのハーブティーは寝起きの頭を醒めさせてくれます」
「…… 割とそういうのが好きだな、ミツキは」
「些細なことでも拘りを持つ事で楽しめますから♪ 」
暗殺用毒針を仕込んだ物騒な鉄扇で口元を隠し、彼女は朗らかに笑う。
「それで、急ぎの知らせとは?」
「スカーレット殿にも聞いてほしいので、少々待ってください」
「いえ、お気遣いなくて結構ですわ」
風呂上がりのやや湿っぽい髪を結い上げ、身なりを整えた吸血姫がバスルームから出てきて、鬼姫に微笑を向けながら椅子へと腰を下ろす。
「それにしても、都市内は転移が阻害されますのに、わざわざ郊外から歩いてこられましたの?」
「えぇ、城塞都市近郊に潜ませていた手勢から陥落の報せが通信ゲート経由でありましたので…… 取り急ぎ、お耳に入れておこうと」
ふむ、城塞都市ワルドが落ちたか……
「事前に使い魔のネズミたちを城塞都市の地下隧道へと放っていますので、内部に大きな動きがあれば彼らの目を通して捕捉する事もできます」
相変わらず手際の良いミツキに感心しつつも、暫し黙考する。
「城塞内部にいるリベルディア兵の陣容を把握する事は?」
「そうですね、お時間さえ頂ければ承りましょう」
自信ありげに微笑む鬼姫に頷いてスカーレットに視線を転じると、金糸の髪を弄りながら思索していた彼女も幾つかの確認を行う。
「城塞陥落は分かりましたが、その状況やミザリア領兵の残存戦力などが知りたいですわ。ベイグラッド卿との折衝もありますし、書面でいただけますか」
「勿論、今頃はミカゲが報告書を作成しているところ……」
ミツキの言葉が終わる前に再び客室の扉がノックされ、入室を促すと城付きのメイドが淹れてきたハーブティーをテーブルに並べ、会釈をしてから静かに去っていく。
それを啜りながらもう少し話を詰め、必要な事柄の伝達を終えたミツキも客間を去った後、スカーレットと一緒にベイグラッド卿の執務室へと向かう。
こうして、防衛戦のつもりが図らずも奪還戦となったうえで、クリストファが統率するミザリア領兵600名、天狼ヴィレダが指揮する魔族兵200名が撤退中の友軍と合流すべく中核都市を立つ。
なお、俺とスカーレット麾下の吸血飛兵100名は移動速度が速い事から、今しばらくベイグラッド家の城に滞在してゲオルグ殿と今後の話を纏め、後発として彼らと合流する手筈だ。
と、表向きにはそう思わせてある……
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