魔人、お使いに行く
「………… はぁっ」
サスペンション付きの少し高価な二頭立ての馬車、所謂キャリッジの窓から夕焼けに染まるガドラス平野の草原を眺め、薄紅色を基調とした衣装で着飾った若い娘がひっそりと溜め息を吐く。
彼女の父親である都市ブレアードの豪商マルコはそれに気づかずに上機嫌でシルバーブロンドの髪を弄っている愛娘へと話し掛ける。
「どうだ?ノルド卿は良い御仁であったろう。あの方とも何度か取引をしているが、一度も支払いが滞った事もないし、信頼に値すると思っているよ」
「はい、お父様……」
同意を返しながらも、リディアは心の中だけで再び溜息を吐いて物思いに耽った。
古くからブレアードの豪商として知られるディルト家の娘として、家門の発展のために若くして嫁ぐ事は幼い頃から母親に言い聞かせられており、育ててもらった恩義もある。
故にミザリア領とエルゼリス領を繋ぐ街道にある小都市ディクセンを治めるダレアス・ノルド男爵との縁談準備と、商談に同行したのだが……
(歳の差は許容するにしても、あの肥満体型が…… いえ、だめですね。時間を掛けて相手を受容していかなければ)
断る事もできるのだろうが、より良い条件の相手に嫁ぐ事の利点は商家の娘として理解している。全てがそうとも言わないが、街娘が見かけだけ良い男の元に嫁いで破滅する様も多く見て来た。
その意味では選択肢として悪くないと思いつつも、リディアが心持ちを整えていると不意に馬が悲鳴を上げて車体が大きく揺れる。
「きゃぅ……」
「うぉッ、おい、どうした!」
「旦那様ッ、野盗です!畜生ッ、馬をやられた!!」
街道を進む馬車がちょうど疎らに樹木が並ぶ小規模な林の傍を通り掛かった瞬間、木々の合間から商隊へと弓矢が射かけられ、負傷した馬達が動けなくなった後に伏せていた野盗達が姿を現す。
「ッ、不味いですよ、ディルトさん! 奴ら此方の倍以上います」
「積み荷は諦めてください…… 隙を見て逃げましょうや」
開け放たれた馬車の窓から声を掛けてくる護衛達の言葉に応じ、商家の親子が頓挫した馬車から降りると、十名程の小汚い恰好をした無頼漢が武器を構えて商隊を取り囲んでいた。
「おぉ、女がいるじゃねぇか、ありがてぇ!!」
「ははっ、勢い余って殺すんじゃねぇぞ」
「ひぅ、お、お父様……」
「くッ、なんでこんな時に!!」
不埒な視線を向けられて怯える娘を背に庇うマルコの傍で4名の護衛がロングソードとバックラーを構え、二人を馬車の陰へと促す。
「隠れるって事は分かってんだろ? 林の中に弓を扱う仲間が数名いる。抵抗すれば射殺すだけだ…… 武器を捨てろ」
「はッ、断る!戦う手段が無ければ一方的に嬲り殺しにされるだけだ」
野盗達の頭目らしきスキンヘッドの大男が護衛の剣士の対応に舌打ちする。その言葉どおり、武器を奪って抵抗を封じたあとに殺すつもりだったが…… そう上手くはいかない様だ。
「まぁ、いい…… 殺っちまえ」
「へい、御頭ッ」
「精々抵抗して楽しませろやッ」
頭目が振り上げた腕を降ろすと再度横合いの林から飛来した矢が、マルコとリディアを庇う護衛達の小楯や馬車に刺さり、不運な者の四肢を貫く。
「ぐぅううッ!」
「ちぃッ、くるぞッ」
直後、射撃に連携して手斧を構えた野盗達が取り囲みながら徐々に迫ってくる。
「うぅ、リディア、すまない……」
そう言いながら父親から渡されたのはずしりと重い無骨な短刀だ。
「こ、これで戦うのですか?」
「いや、いざとなれば自害しろ…… 判断は任せる」
「そ、そんなッ、え……」
覚悟を決めた父親を見詰める彼女の視界の端に突如、漆黒の転移門が現れて同色の二角獣を駆る銀髪の偉丈夫が飛び出し、親子に近付く野盗達に突撃槍を構えて吶喊する。
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