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魔王、海外出張する

それは地下ダンジョンの謁見の間で、皆を集めて流しそうめんをやった翌日の事だ。


此処と都市エベルを繋ぐ道路、といっても地面を均してミノタウロス族総出で踏み固めただけだが…… それの完成報告を受けた。


で、エルミアが魔導式蒸気自動車“がーにー”で確認がてら試しにエベルまで走るというので、乗せてってもらおうと思ったのだが……



「悪いですが、本気で走るときは助手席に魔族を載せない事にしているのですぅ!!」



と、頭にDの付く漫画の影響を受け過ぎた青銅娘が反発してくる。まぁ、確かに助手席に誰かを載せるとその分だけ重量が増えて、加速が悪くなるらしいが……


「…… おじ様の頼みを拒否しますの?偉くなったものですわね、エルミア」


「ひぅッ、ス、スカーレット様ッ、暴力反対なのでッ!? 痛い、痛いのですぅ!!」


怒気を含んだ金髪紅瞳の吸血姫が握り拳でエルミアの側頭を左右から挟んで、力任せにぐりぐりと圧迫する。因みに、最上位の吸血鬼であるスカーレットの腕力はかなりのものだ。


(地味に痛そうだな、止めてやるか……)


若干、呆れ顔で二人を止めようとしたところで、ごく微量の空間歪曲反応がスカーレットの側に生じ、飴玉程度の大きさの転移ゲートが開く。


これはリーゼロッテが地球に派遣した青銅のエルフ達と連絡を取るために研究開発した小規模転移方陣であり、必要となる魔力や練度も下がるため上位魔族であれば扱える程に合理化されている。


「ん、この魔力の波動…… イリアですの?」

「姫様、お時間を少し頂きたいのです……」


「あ、あう~、助かったのですぅ」


吸血姫の拳から解放されたエルミアがヨロヨロと謁見の間からの脱出を企てているが、今はイリアの話が気になるので放置しておく。


「少々、問題が起きました。まぁ、些末なことですけれど、一度此方に来ていただければ説明しやすいのですが……」


そんな風に言われては気になるので、スカーレットと一緒に東京都新宿区のマンションの一室へと転移すると、そこでは思案顔のイリアと青銅のエルフ達が報道番組を眺めていた。


そのテロップにはこう書かれている。


“某国の化学繊維プラントをテロリストが占拠、藤堂商事の社員数名も人質か?”


報道番組のリポーターは ”犯行グループに多数の人質が取られている” とか、”解放と引き換えに投獄されている仲間の自由を要求している” 等々の内容を話していた。


「御足労ありがとう御座います、魔王様」

「用件はこれか、イリア?」


「はい、どうもトウドウの手の者が商談目的でこのプラントへ海外出張していたようです」

「…… でも、確かに些末なことですわね」


あまり興味なさげにスカーレットが呟く。


「ですがスカーレット様、トウドウはよく働いてくれています…… 多少は気にしても宜しいのでは?」


まぁ、何とかできない事もないが…… 最近はイルゼのおかげでマシになったとは言え、スカーレットは人間嫌いだからな。


「イリア、それはお前の願いか?」

「……そうですね、そう言っても構わないと思います」


「あのぅ~、ミア達もトウドウさんには世話になってるので…… できれば力になってあげたいのですぅ」


「ならば、よしッ」

「はぁっ…… 二人とも甘いですわね」


リビングに吸血姫のため息が零れるのだった。


……………

………


某国の都市部から少し離れたところに位置する化学繊維プラントを国軍100名程が包囲し、その様子を規制線の外側からメディアが撮影する。


そして、そんな彼らの外側に白のワンピース姿の金髪紅瞳の美女がひっそりと佇む。


その隣には黒髪にこれまた赤い瞳の女性がもう一人、さらには二人の後ろで何やらごそごそしているジーパンにTシャツ姿の男が……


「どうですか、おじ様」

「…… 見つけたが、結構な数の人質がいるな」


遠見の魔法でイリアから借りた携帯鏡にプラントの内部を映し、藤堂商事の社員の場所を確認すると、彼ら以外にも逃げ遅れた20名程の人質が大部屋に集められていた。その者達を武装したテロリスト達が包囲し、自動小銃の銃口を向けている。


「ちッ、すでに何人か殺されているな……」

「魔王様、救出対象は?」


「…… 一人、既に手遅れだ」

「そうですか…… では、直ぐに行動しましょう」


一瞬で気持ちを切り替えたイリアが魔法の構築に取り組み、スカーレットも彼女の魔力を増幅させるエンハンスマジックの術式を組み上げていく。


その術式の完成を確認して俺も行動を起こす。


「此方と彼方を繋げ、転移方陣ッ」


ただし、開くのは通信用の飴玉程度のゲートだ。

それが此処と人質や武装した男達のいる空間を繋ぐ。


「安らぎの中に安堵と共に落ちなさい、スリープ」


「昇華向上ッ、エンハンスマジック」


小規模の転移ゲートに手を翳したイリアが眠りの魔法を発動させ、そのイリアの背に手を押し当てたスカーレットが魔法の効果を増強させていく……


……………

………


「な、なんだ!?急に眠気が……」

「ッ、うぅ」


武装した男たちが首を左右に振ったり、目頭を押さえたりして眠気に逆らおうとするが、加速度的に睡魔が彼らを襲う。


「ッ、ぁ、無理だ……」


やがて、最初の一人が地面へと頽れて意識を失う。


「ッ、これはッ!?神経ガスかッ!!」

「なッ!?人質がいるんだぞッ、正気か!!」


そう叫ぶ男達もやがて力なく地に伏す。

勿論、人質達も同じだ。


「ッ、そ、そんな……毒ガスなの?」

「だ、だ、ダメだ意識が………も、う……」


彼らも急激な睡魔と異常な状況に表情へ恐怖を張りつかせたまま意識を失っていった……


そして、全ての者が深い眠りにつき、静寂に包まれた場に今度は人が通れるサイズの漆黒の転移ゲートが忽然と現れる。


「さて、人質を回収するか」


「おじ様、私、力仕事は不向きなのですわ……」

「……私もです」


俺はその言葉を聞き流して転移ゲートを閉じ、今度は人気のない郊外の廃工場へゲートを開く。


「転移方陣に放り込むだけだ、さっさと済ませよう。帰ったらかき氷でも食いに行くかッ!!」


「かき氷?それは何ですか、おじ様」

「ふふっ、いいものですよ、スカーレット様」


その後、犯人と連絡が取れなくなり、動きもなくなったために交渉不可能と判断した国軍が突入すると、そこには眠りこけたテロリスト達の姿と殺害された人質4名の遺体があった。


残りの人質達の行方が分からないとの事で、一時現場は混乱に陥るが、未明に郊外の廃工場で彼ら全員が発見される。こうして、多くの謎を残したまま化学繊維プラント襲撃事件は幕を閉じた。

読んでくださる皆様、本当に感謝です!

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