遺跡探索へ シーン1
冒険者の店〈紅の誓い〉、そこに所属する冒険者である少年と少女達は、三人でカウンター・テーブルの上に置かれた地図を見下ろしていた。
「……大体か分かったか?」
店主であるストークの説明が終わると、三人は揃って彼を見上げる……が、直後に三人揃って「「「あっ!」」」と声を上げたのに、ストークが怪訝な顔をするのと同時に彼の後頭部に料理に使うお玉が叩きつけられた。
「うおっ!?」
「だ~か~ら~! それは私の仕事だって言ってるでしょう? お父さん!」
巨漢のストークを睨み付けながら言ったのはアイビス、彼の娘でありウエイトレスとして店で働いている十八歳の少女である。
「だから、何でそうなるんだよ……てか、何でお前が俺の背後を取れるんだ……?」
元冒険者であったストークはもちろん戦闘に関しても充分な技術と経験を持っているのだが、その彼でもまったく気配に気が付かずに背後を取られているのである。
無論、冒険の最中程に周囲に気を配っているわけでもないが、それを差し引いても信じられない事であった。
「何でもよ?……まあ、今回は説明終わっちゃったみたいだし……仕方ないか」
やれやれという風にピンク色の髪を掻くと、自分のものより色の薄い髪の少女へと顔を向け「……で? 今度はどういうお仕事なの?」と興味津々という風に訊ねた。
「え~~と……何て言ったらいいんだろ?」
その少女――クリムが困った顔をすると、「遺跡探索だよ」と彼女の幼馴染みの少年であるシグナが答えた。
遺跡探索は冒険者の本分ともいう仕事のひとつである、言葉の通りに過去に存在した文明の痕跡を探索し財宝など価値のある物を持ち帰るのだ。 現代にあっては歴史的価値のある遺跡を荒らすという行為に疑問を呈する者もいる事はいるが、さりとて歴史学者は数も少なく、資金も不十分で満足な活動が出来ているとも言い難い。
それもあって冒険者に意見できる程の発言権もないのが実情だった。
「……とは言っても、ストークさん達が昔に探索済みの場所らしいけどな?」
リシアが言ってからストークを見やる。
「ああ、駆け出しの頃だがな……」
「へ? それって……めぼしい物は残ってないんじゃないの?」
どういう事なのかと首を傾げながら父親を見やると、そう言うだろうと思ったという顔を返された。
「俺達も全部を調べたという自信もないしが、他の冒険者が訪れた可能性もないではないが……まあ、何かあるかもなってこった」
「それってダメじゃないの!」
アイビスが抗議するのも当然だ。 冒険者は必ずしも毎回危険に見合った成果を得られるわけではないが、成果を得られる保証もないのに危険を冒してはいけない。
ましてや、冒険者をサポートするべき冒険者の店がやらせていい事ではない。
「心配すんな、今回は俺からの依頼も兼ねさせる。 俺達が探索で見落としたものがなかったか確認してくれってな?」
「ああ、そういうわけね」
それでようやく納得したアイビス。 依頼などは単なる理由付けで、要するに報酬付きの腕試し、あるいは実地訓練というところだろう。 もっとも彼女の知る限り他の冒険者の店でそんな事をしているという話は聞いた事がない。
おそらくは父親の人の良さか、かつての仲間の弟子であるシグナとクリムに対しての配慮なのか……アイビスには両方だと思えた。
「でも本当にいいんですか?」
遠慮がちに言ったのはクリムである。 お金がほしくないわけではないが、そのために見合った仕事をしないでいいはずもないと考えているのである。
ストークがシグナとリシアを見れば、やはり完全に納得はしていないようだった。 安易に報酬を得るのを良しとせず、またそんな想いが表情に現れるのは若さ故であろうとは思う。
「構わねえよ、俺だってお前らの実力も見ておきたいしな? 俺には俺の理由もあるってこった」
ぶっきらぼうな言い方は、とにかく納得しろというストークの意思表示なのだと娘であるアイビスには分かった。 だから「いいんじゃない? お父さんがいいって言うならさ?」と援護に入る。
「はぁ……シグナ、どうするの?」
クリムが尋ねれば、リシアもどうする?という視線を向ける。 クリムにとってシグナは兄貴分であり、リシアは後から加わった仲間という自覚があるのか決断はシグナかクリムに委ねているようだった。
いつの間にか三人のリーダーはシグナになっているようだ。
「……まあ、ちょっと情けなくも思うが……くだらない意地を張ってストークさんの厚意を無下にするのも格好悪いかなぁ……?」
多少頼りなさも感じさせたがシグナらしい言い様に、二人の少女は顔見合わせた後にストークを見やって声を揃えた。
「決まりみたいです」
「決まりみたいだな?」
遺跡に向かうのは決まったが三人は、さっそく店内のテーブルを囲んで会議を始めた。
「……遺跡までは一週間ってとこだな? ルートにもよるだろうけど」
「そうだねシグナ。 最短距離を真っ直ぐ行けば、もう少しは早く着くかな?」
「それでもいいが……回り道してこの村に立ち寄る手もあるなクリム。 食糧なんかも補充できるし休息するにもいい位置じゃないか? どう思うシグナ?」
ストークから借りた地図を見ながら、まずは目的地に向かうルートの見当である。 選択肢はそのふたつのようだ、真っ直ぐ行けばいいと思えるだろうが物資の補充や休息を思うと村に寄るのもいい手である。
シグナが考えあぐねていると、「必要な回り道は結果的に早く物事が解決するぜ?」とカウンターの奥から助言してくれる。
「そうだな、俺達はまだ駆け出しだし無理はしないようにしよう」
少し考えてシグナが決めれば、クリムとリシアも同意した。
「駆け出しじゃなくても無理はするもんじゃねえさ、冒険者ってのは生きて帰ってくるのが一番大事なんだぜ?」
ストークの言ってる事は分かっても、「でも、危険を冒さないでは何も得られないんじゃないですか?」と問わずにはいられないシグナである。
「そうだな、冒険者とは常に命がけの仕事だって聞く」
リシアは同意するが、クリムは「危険なんてない方がいいよぉ~」と抗議の目でシグナを見た。
「そうだねぇ……死んじゃったら元も子もないもんね」
会話に加わって来たのは、飲み物の注がれたコップをみっつのせたお盆を持ったアイビスだった。 「私はクリムちゃんに賛成かな?」と言いながら冒険者達の前にコップを置いていく。
「あー、それもちょっと違うな。 そうだな……例えばだ、シグナが病気で倒れたとして、治すのにはある場所から薬草を採って来る必要があるとしよう」
クリムを見て話しだすストーク。
「それが近所の空き地にでもあるなら、お前さんは迷う事無く採りに行くだろ?」
「はい……」
「だが、それが奥深い森の中にあり、かつそこには魔物が潜んでいるとしたらどうだ?」
クリムが間髪入れずに「行きます! 当たり前です!」と力強く言ったのは、ストークにはちょっと意外だったのは、少しは悩むと思っていたからである。
「だが危険だぞ?」
「危険とか言ってる場合じゃないですから!」
リシアが「……だそうだが?」と小声でシグナに言えば、「まあ、俺も逆だったら同じだろうからな?」と何でもない事のないように答えが返ってきたのは、彼らしいが面白味のない反応である。
「そういうこった。 冒険っていうのはな、わざわざ危険に跳び込むんじゃなくて危険があってもやる理由があるからやるんだよ」
リシアは「成程な」と納得したように呟く。
「だが、勝算もなく闇雲に突っ込むのもまた違うと?」
「そういうこったぜ、そこをきちんと考え判断出来るってのが熟練の冒険者って奴だ。 だがお前らはまだまだ知識も経験も足りねえ、だから多少安全過ぎるくらいがちょうどいいんだ」
それから「特にお前だぞ、シグナ!」といきなり名指したに、彼は驚いた顔をした。
「お前さんはリーダーだ。 リーダーが決断する時は自分なだけじゃない、仲間の命も預かってるのを忘れるなよ?」
いい加減に考えるのは許されない、それを教えようという厳しい視線だったがシグナは真っすぐにそれを受け止めた。
己の責任を重く感じないといったら嘘になるが、元よりクリムの事は絶対に守るつもりで村を出たのだ。 今はそれにリシアが加わっただけともいえ、そのために決心が揺るぐことはない。
「当然ですよ!」
力強く応えると、不意にパチパチと手を叩く音が響き、全員の視線がアイビスへと集中した。
「おー! お父さんなんだかカッコいいね。 まるでベテランの冒険者みたい」
素直に感心したという娘の顔にストークはムッとした様子で「俺はベテラン冒険者だ!!」と言い返してから、小声でこう付け加えた。
「……元だがな……」