シーン3
シグナに与えられた二階の部屋はベッドとクローゼット、それに作業用の机があるだけのシンプルなものだった。 剣の素振りは出来ないが十分に寛げはするだけの広さはある。
「冒険者か……」
開いた窓から少しづつ紅く染まっていく西の空を見上げながら。 師匠のエターナリアから偶に彼女らの冒険話を聞いては、自分もなってみたいという想いを抱いてもいた。
困っている人達を助けたり、まだ誰も足を踏み入れてない遺跡や迷宮を探索し宝物を見つけたりと、シグナにはとても格好の良い生き方だと思える。
そう、シグナは男に生まれたからには格好良く生きたいと願っている。
ただ、その想いがどこからきたものかは自身でも分からないが、そんな事は些細な問題ではあった。
クリムと共に村を出て自分達の力だけでゴブリンと戦い、新しい仲間も加わってと二週間ほどの間に起こった出来事と変化は、村で師匠と暮らしていてはなかっただろうと思える。
不安がないと言えば嘘になるが、それ以上にこの先どんな事が起こりどんな変化があるのだろうという期待の方が大きかった。
「大丈夫……俺だってあの時よりもずっと強くなってるんだし」
いつだっただろう、村に入り込んだ野犬からクリムを守ろうとして重傷を負ったのは……師匠の魔法がなかったら確実に死んでいた程だったらしい。
その時の事をよくは覚えてはいなかったが、意識を取り戻して最初に見たクリムの悲し気な泣き顔と、師匠から言われた言葉は今でも鮮明に覚えている。
『大事なヒトを守るのは良い事だよ? でもね、それで大事なヒトを悲しませて泣かせるのはダメ! それはとても格好の悪い事だからね!』
その後からだったか師匠から剣術を習うようになったのは、そしてクリムもまた魔法を教わり始めたのは。
エターナリアは何でも出来るし何でも知っていると昔はそんな風に思えた、今では流石にそこまでは思わないが、それでもそんな風に思えてしまう程にすごい師匠ではある。
その師匠の元で一緒に育ってきたクリムは大事な妹分であり友達なのである、だから二人で冒険者をしていくのなら彼女を絶対に守っていかなればいけない。
そして絶対にあの時と同じ泣き顔にさせてはいけない、ベッドの上で意識を取り戻してから最初に見た女の子の泣き顔……悲しみと自身を責めるような贖罪の念とと、そして自分が目を覚まして良かったという喜びの入り混じったものだと今なら分かる。
クリムにそんなに顔をさせるのも見るのも、二度とあってはならないとシグナは誓っている。
その時、扉をノックする音に続いて「シグナ~いる? 入っていい?」と聞きなじんだ少女の声。
「クリムか? いいよ」
ゆっくりと扉を開き入ってきたクリムが、左手を後ろに隠し少しそわそわした風なのが気になった。
「一度帰ってまた出かけたろ? どこに行ってたんだ?」
「う、うん……ちょっとね?」
少し迷っているという風だったが、やがて意を決した様子で左手を前に出して握っていた物を見せた、それは蒼い石のペンダントだった。
「クリム、それって……」
「え、えっとね……さっき買ってきたの、お守りみたいなものなんだけど……」
シグナの表情が困惑から残念そうなものに変わったのに、クリムの表情も沈んでいく。
「ご、ごめんなさい。 やっぱりこんなもの買ってちゃいけないよね……」
怒られると思ったが、「違うんだ……」と言いながら机へと向かったシグナが取り上げて見せたのは、まったく同じペンダントだったのだ。
驚いてシグナの顔を見やると、彼はいたずらを見咎められた子供のようだった。
「クリムが欲しがってるみたいだったけど、きっと遠慮して買わないだろうと思ったから……」
「ち、違うの! これはシグナにあげようと思って!」
「……へ?」
自分のためというのがどういうわけなのか、シグナには分からない。
「そりゃ気休めなのかも知れないけど、ないよりあった方がいいでしょう? お守りなんだし!」
それでそういう事かと納得した、つまりクリムは自分の事を心配してくれているのだろう。 家族として自分がクリムを心配するように、彼女もまた大事な家族を心配するのも当たり前だった。
「そっか、ありがとな……とはいえ二人して同じ物を、それも互いの為に買っちゃうとはなぁ……」
少女のそんな気遣いに感謝した後で、どうしたものかと黒髪を掻きながら考える。 クリムも「そうだよねぇ……」と困った様子である。
そこに「決まってるでしょう?」という少女の声がして、二人同時にギョッとなって声の下部屋の入り口を見ると、そこにいたのはアイビスだ。
「そーいう時はお互いのを交換するの!」
「交換っていっても、同じ物ですよ?」
意味が分からないというシグナに「分かってないわねぇ?」と呆れた風に首を横に振った。
「こういうのは気持ちが大事なのよ? だから互いに交換して相手がくれたものを持つ!」
「はぁ……そうなんですか?」
勢いに多少押された様子のクリムに、「そういうものなの!」と自信たっぷりに言ってのけるアイビスである。
言われてみれそうだともシグナは思えた、互いが相手に送るつもりで買ったお守りが偶然に同じだったというだけなのだから。 だからまだ困惑気味な少女へと歩み寄るとその首にペンダントを掛けてあげた。
「うん、似合ってるじゃないか」
その動きがあまりも自然過ぎて何が起こったのかポカンとなるクリムとアイビスだったが、すぐに状況を理解し驚きの声を上げた。
「……って! えぇぇぇええええええええっ!?」
「うわぁ~シグナ君やるわね!」
「そこまで驚かなくても……アイビスさんも何がですか?」
少女二人の反応がまったく理解出来ず困惑したが、気を取り直しクリムに向かって右の掌を差し出した。
「クリムのそれも、良かったら俺にくれないかな?」
僅かな時間ポカンとなっていたクリムだったが、やがて嬉しそうな笑顔になり少年の掌に自分の掌をのせ、それを再び離した後にはペンダントが残っていた。
無言でそれを自分の首に掛け送り主に見せるようにするシグナも、また嬉しそうであった。
「うふふふ、お揃いだね?」
「ああ、そうだな……ん? あれ?」
いつの間にかアイビスの姿が忽然と消えていた、彼女からも一言感想くらいもらいたかったので少し残念であった。
そのアイビスは一階へと向かう階段を下りながら満足そうな笑みを浮かべていたが、そこへリシアが上って来るのに気が付き「リシアさん、上に行くのはもうちょっと待ってあげてね?」といたずらっぽく笑う。
「……は?」
意味が分からないという顔で、リシアはそんなアイビスを見上げた。
窓から入ってくる紅い光で部屋が染まっている中、部屋を出て行こうとする少女を少年は黙って見送っていたが、不意に少女は足を止めて振り返った。
「これからも何があるのか分からないけど……がんばっていこうねシグナ?」
不安だらけではあるが、だからこそシグナの傍にいたいとクリムは想う。 冒険者という未知の世界は確かに怖い、でも自分の知らないところでシグナに何かあるかもという想像はもっと怖い。
だから、大した力もあるわけではなくとも、隣で彼を手伝っていこうと誓う。
「ああ、そうだなクリム」
冒険者はクリムには正直言って向いていないだろうと思う、しかし師匠の指示であるし、何より彼女自身が自らの意志で付いてくると言ったのだ。 ならば自分のすべきはクリムを守る事であり、決して彼女を泣かせるような事をしない事だ。
それは簡単な事ではないだろうが、最初から出来ないと諦めるのはとても格好が悪いと思える。
だから絶対やりとげてみせると、そう誓った。